鬼の目にも涙
熱が出た。昨日素っ裸で色々やってたせいなのか知恵熱なのかわからないが、すごく辛いわけじゃない、かと言って平気なわけでもない。ゲームなんかをやる余裕はないから母親に朝一でCD借りてきてもらって流し続けている。
昼におかゆとアイスを出した後、母親は同窓会で出て行った。下の弟達は初めから祖母のとこに預けられているから丸井ひとりだ。楽しみにしていたのを知っていたから、心配する親には幼稚園児と一緒にするなと強がって送り出しはしたが、本音ではやっぱり心細い。マンションだが端の部屋であるのをいいことにコンポの音量を上げる。
布団の中で息を吐いて、虚しさに襲われながら脳裏に浮かぶのは仁王の姿。すごい好きみたいだ、顔が赤くなった気がして、誰もいないのに顔を覆う。あんなに熱い手をしているなんて昨日初めて知った。キスのときに頬に添えてくれる手よりずっと熱い。ずっと聞きたかったはずの曲が頭に入らないほど、仁王のことばかりだ。
あれは、セックスなのだろうか。丸井ひとりが触られてイって、仁王はそれ以上触らなかったし触れとも言わなくて。セックスだったのだろうか。さっき見舞いと言う名のお使いで課題のプリントを持ってきた友人が、これでも見て元気出せ、と渡してすぐさま逃げてしまったものの存在を思い出す。持て余してそのままにしていた女子高生モノのアダルトビデオ。俺は失恋したわけじゃねえ、絶好調でラブラブだ。落ちるようにベッドを這い出して、つないでいないのでゲーム用にしている小さなテレビデオにそのビデオを押し込む。再生してすぐ映ったシーンは女子高生モノとは名ばかりの、すっかり制服もはだけてそれらしいのは片足だけのソックスで、年齢的にも女子高生には無理がある女が突っ込まれて喘いでいる場面だった。誰だよ巻き戻さずに回した奴、もしかしてここでイったのか?
まるで映画鑑賞でもするように、引きずりおろした布団にくるまってベッドに寄りかかる。狭い家だから、自分の部屋でこの手のものを見たことはない。パッケージもなかったのでどんなストーリーだか知らないが、あとから加わった男のモザイク部分に女の手が触れて、笑ってしまった瞬間昨日の仁王の手を思い出した。例えば、いつかもし仁王と本当のセックスをする日が来て、そうしたら俺はどっちなんだろう。快感に捕らわれた女の顔を見ながら、何となく俺は女か、とぼやいた。仁王を抱くなんて考えられない。緊張しすぎて立たないかもしれない。仁王と付き合いだしてからネットで男同士のやり方と言うのを調べたことがあったが、どっちも無理だと思ったことは記憶に新しい。
ブラウン管の中の男は女の耳を噛んだ。昨日されたことだ。体の中心に集まる熱に気づく。俺は多分仁王にこうされたい。狂わされたい。――仁王が好きだと言った曲を聞きながら、こういうのを変態と呼ぶのだろうかと不安になった。例えばこうやって仁王を思いながら自分の声と女優の声を比べている姿を仁王に見られたら、舌を噛んで死のうと思った。
*
もう2度と、風邪をひいているときにオナニーなんてするなと自分をなじる。ベッドに上ることもできずに転がってうとうとしていると携帯に着信、机の上に置いていたので迷っているとバイブの振動で落ちてきた。腹から拾い上げた相棒のディスプレイに表示されるのは、まるで見ていたかのように仁王の名前と数字の列。連絡網代わりに登録してあったその番号を頻繁に使いだしたのは最近だ。こいつは確実に俺の寿命を縮めている。切られたくないので電話に出た。
「はいこちら丸井病院です。院長先生は只今病気で」
『ブンちゃん?大丈夫?』
「大丈夫じゃない」
『えっ』
「あいたい」
『……じゃあ鍵開けて』
「何で?」
『何でも』
「そこに立ってたりするんじゃないだろうな」
『そこに立ってたりするかも』
「そこまでこれるなら鍵ぐらい開けろよ詐欺師だろ」
『ここまできたんじゃから鍵ぐらい開けてよブンちゃん』
「無理。もう動けない」
『何で?』
「お前の声聞いてたら苦しくなってきた」
『丸井先生、それを治せるのは俺じゃけん、頑張って開けて』
「……丸井先生は今から亀の速度で進むから、5年待って」
『待っとる待っとる』
「ほんとにいるんだろうな、俺に苦労させといていなかったらブチ殺す」
『信用ないのう』
「俺マジでしんどいんだよ」色々なものを頼りに立ち上がり、泣きそうになりながら玄関へ向かう。今日ほど自分の家が狭くて有り難かったことはない。鍵を開けて体で押すようにドアを開けた。すぐに何かにぶつかったので力が抜けてドアに寄りかかる。外からドアを開けたのは仁王で、ぐったりした丸井を見て焦って手を貸した。
「ごめんなブンちゃん、こんなに悪いとは思わんかった」
「ん、俺も思ってなかった」肩を貸してもらって中へ戻る。心配されたが部屋ではなくソファーに下ろしてもらった。冷蔵庫を開けてもいいか聞かれて頷く。差し出された麦茶を一気に喉に流し込んだ。
「っは!」
「おー、いい飲みっぷり」
「サンキュ。もう死にそう」隣に座った仁王に寄りかかる。優しく頭を撫でられて、気持ちの良さに目を閉じる。居心地がいい。弱っているので仁王以外でもそうなのかもしれない。
「俺のせい?」
「残念ながらそうとしか考えらんねえ」
「マジか。俺ちょっと嬉しい」
「サドかお前」
「ブンちゃんの頭ん中俺でいっぱいなんじゃろ?」
「……あっくしゅみ!ずるい。お前も俺のことしか考えられなきゃいいんだよ」
「だからここまで来たんじゃろ」ふと時計を見るとまだ部活の時間で、顔見たし真田に殴られに戻るわ、と仁王が立ち上がりかけるのを思わず手を取って引き止めた。仁王が驚いた顔で振り返ったので何となく罪悪感がする。
「ブンちゃん?」
「……行くなよ」
「部活終わったらまた来るし」
「ほんとに?」
「どうしたん?弱っとるな」
「ひとりなんだよ、夜まで」
「……俺荷物も置いてきたけん、それだけ取ってくる」
「鍵冷蔵庫にかかってるから持ってけ」
「うん。待っててダーリン、ダッシュで帰ってきちゃる」押しつけるように額にキスを残して、仁王は本当に出て行った。外から鍵をかける音を聞きながら、俺も大概だけどあいつもかなり扱いやすいんじゃねーの、なんて思う。自惚れだとわかっても嬉しい。 ようし、と気合いを入れて部屋に戻る。垂れ流していたビデオを巻き戻して窓を開けて、ベッドに寄りかかって止まっていたCDを再生する。ダーリンもうすぐ帰るっちゃ、なんてハートつきのメールを見た後、睡魔に忠実に目を閉じた。
*
「こら、風邪ひく……いやひいてんのか。ブーンちゃん、お布団で寝なさい」
「ん……おかえりー」仁王に起こされてベッドに上がる。変な体勢だったせいか少し首が痛い。
「プリン食う?」
「どっか寄ってる暇あるなら俺のとこ走ってこいよ!食う!」
「わがまま……晩飯はどうするん?」
「そうめん茹でて」
「……俺、そのために呼ばれた?」
「ジャッカルとお前なら今はお前がいいんだよ!」
「学習せん子じゃの。ジャッカルのが安心じゃろうが」
「仁王が病人に手を出すようなやつだったら幸村くんに言いつける」
「こわっ。まだ真田のがマシじゃ」
「……今日ってダブルスの練習日だっけ」
「あー、いいじゃろ、ジャッカルと柳生でやりゃ」
「ッ…見てえ!それ見てえ、んで俺と仁王でやろうぜ今度!」
「はいはい、早く治してな」
「お前のせいだから看病しやがれ」
「俺すげえ面倒な奴とつき合ってるな……」
070728