「大丈夫?あ、動かない方がいいよ」
「……うわ、俺点滴って初めてじゃ」
「ふふ、抜けると大変だから大人しくね」
「病院?」

そうだよ、幸村が優しく笑うのに絶望する。どうしてこうなっているのかよくわからないが、午後から体がダルかったのは確かだ。部活中に倒れたんだよ、監督が運んできてくれて、幸村の説明を聞きながら、断片的にそのようなことがあったような気がする、とぼんやり思う。

「あー……親捕まらんかったろ。すまんの」
「うん、監督が今また連絡しに行ったんだけど……どうしたの?」
「夫婦喧嘩じゃ。あいつらその間一切電話出んから」
「おや。それは君の栄養失調と関係あるのかな?」
「……俺の意志じゃ」
「頑張って医者に説明してね」
「あ〜……シクった……これどれぐらいかかるん?」
「結構少ないからもう10分ぐらいかな」
「……まあええわ。別に終わったら帰ってええんじゃろ?」
「忘れてる?今日真田のうちで打ち上げなんだけど」
「ああ、そうか」

全国大会への出場が決まり、浮かれた部員たちの間で打ち上げの話が出た。ずいぶんと話が広がったようだが、規模に比例して問題が増えることは目に見えている。結果、騒ぎをおさえるために真田の家が会場となったのだ。真田は厄介だが広くて何より安上がりであるというので可決された。

「すまんの、幸村不在で打ち上げなんて」
「いいんだよ。一緒に勝ったんだから、仁王も参加しなきゃ」
(……俺はあの日負けたけどな)

 

 

*

 

 

「おーっ、来た来た!」
「おせえぞ幸村!」
「ぶっ倒れんなよな〜」
「ばか、倒れたのは仁王だろ」
「あ、そうなの?まあいいや、こっち来いよ!」

引っ張られるように幸村は輪の中へ入っていく。酒もないのにみんな酔っ払いのようなテンションだ。柳に手招きされて仁王も机の端に混ざる。

「大丈夫なのか」
「ナースを見てきたから元気になりました」
「それは簡単でいいな。医者いらずだ」
「栄養失調とはたるんどる、自己管理のなっとらん証拠だ」
「はいはいすいません」
「何か食べろ」

真田に箸と皿を渡される。机の上にはあらゆるメニューが並んでいたが、仁王が心惹かれるものはない。適当に近くの物をつつくがすぐに飽きてしまった。柳が黙ってお茶を差し出す。

「……俺初めて点滴した」
「初めてじゃないだろう」
「そうか?」
「小学校の頃に1度あった」
「……ああ、あったかもなあ」
「仁王のうちは誰も捕まらなくてうちに来たんだ」
「そうじゃった。成長せんな、あの夫婦」

小学生の頃引っ越してきて以来柳とは腐れ縁だ。家が近いということもあるが、今テニスをしているのも柳がやっていたからだ。柳のように確率や角度を計算したデータテニスはできないが、相手の一手先ニ手先を読みながらの試合は楽しい。何より、1年の切原じゃないが仁王はまだこの男に勝ったことがなかった。勝ったら勝ったで満足してしまう気がして真面目にやらないのだが、柳もわかっていて手を抜かない。
――そんな風であるから、幼なじみと言っていいのだろう。他の連中はみな中学へ入学してからの縁だ。柳がいなければ立海へ来ることもなかっただろうと思う。ただ少し厄介なのは、この男は自分の家の内部を知りすぎているということだ。勿論柳が言い触らすとは思っていないがあまり人に知られたい家ではない。

「昨日はどこで寝たんだ?」
「心配せんでもちゃんと布団で寝た」
「うちにくればいいものを」
「……そのうちな」

あの家は自分のうちと違いすぎて居心地が悪い。柳もそれを知っているから、ただ苦笑した。社交辞令を仁王に言っても仕方がないのに。食が進まないのを見て真田が仁王を促す。

「仁王、野菜も食え。バランスよく食べなければ体も作れない」
「野菜嫌い」
「そんなことを言っているから倒れるんだ。大体お前は姿勢がよくない。机に肘をつくな、左利きは仕方ないとして右手は皿に添えろ」
「うっさいのー……だからお前みたいなんと飯食うの嫌なんじゃ」
「家で言われたりしないのか。全く……」
「……」
「仁王!」

柳が止めるより早く、仁王は真田のネクタイを掴んで立ち上がる。きっちりと締められたネクタイは軽く真田の喉を圧迫した。

「真田、俺だってあいつらがまともな親だとは思っとらん。しょっちゅうガキの餌忘れるし夫婦喧嘩すりゃガキの存在も忘れて出ていくわ。それでも俺の親なんじゃ」
「仁王」
「お前みたいなやつから見たら俺は不幸に見えるんじゃろうな」

パッとネクタイを離して仁王は部屋を出ていく。静かな一瞬であったから気づいたのは何人かだけだった。目を丸くしたままの真田に柳が溜息を吐く。

「お前が悪い」
「……ああ、そうだな。失言だった」

主に部活内だけのつき合いだが、一緒に生活していればそこから性格や家族が見えてくる。真田は無意識に仁王を下に見ていたのかもしれない。

「……どうも、あいつは難しい」
「仁王だって同じだ。……真田が今言ったようなことを、うちの親が何度も言うからな。遂に来なくなったよ」
「ああ……蓮二は親しいんだったな」
「腐れ縁だ。家族の形はいろいろある」

 

 

*

 

 

(やべ……いつからまともに飯食ってないんじゃろ)

ふらつく体で宛もなく家へ向かって歩く。荷物を一切置いてきた上何も言わずに出てきてしまった。またマナーの悪い仁王くんが定着してしまう。

「まさはる!」
「……あ、おかえり」
「おかえりじゃないわよー、携帯うるさいから学校まで行っちゃったじゃん。坂道の前で帰ってきたけど」

母親が追いつくのを待って隣を歩く。買い物帰りらしく、極自然にスーパーのビニール袋を仁王に押しつけてきた。自分より背の低い母親と袋の中身を見比べる。

「焼肉?」
「そうー。パチンコ勝っちゃったあ」
「おー。親父は?」
「あんなやつもやしで十分。電話なんだったの?センセーが帰ったって言ってたから元気だろうとは思ったけど」
「元気じゃないぜよ、ぶっ倒れて点滴したんじゃ」
「またあ?倒れる前に言ってよねー。しんどかったらちゃんと休んでよ〜?」
「……覚えとるんじゃな」
「当たり前よ。心臓止まるかと思ったわ」
「今日は平気なんじゃな」
「とりあえず元気そうだからね。あのときは怖かったな〜、柳さんに超怒られた」
「今と進歩ないのう……俺今日食い方汚いって言われた」
「うん、マサは姿勢悪いわ。将来苦労するわよ」
「わかっててほったらかしかい」
「もうあんたの場合生きてりゃ十分よ。あんたの分の心配は生んだときに使い果たした」
「はいはい、ありがとう」
「そうよー、感謝しなさい。私が耐えなきゃあんた死んでたわ。飯食わねえし寝ないし」
「はいはい。母ちゃん大好きやから許して」
「ホットプレート出してくれたら許す。あと洗って」
「はいはい。ほんとに感謝しとるぜよ。おれ今好きな奴おるしなー」
「えっそうなの!?何それ聞いてない!」
「反応若ッ」

がしっと仁王の腕を掴む母親に苦笑する。友人関係には全く興味がないくせに、この手の話題だと乗ってくる。仁王もわかっているから口にするのだが、どうも面白いのでからかい気味になってしまう。

「秘密」
「えーっずるい、可愛い?美人?お母さんとどっちがいい女?」
「何それ。俺腹減った、帰って肉焼こうぜ」
「ちょっとー、お母様に紹介なさい」
「片思いじゃ」
「きゃー!青春じゃん!青春!プリン買って帰ろう!生クリーム乗ってる奴!」
「意味わからん」

コンビニコンビニ!仁王を引っ張る母親と笑いながらおとなしくついていく。ダメな母親であるが、ちゃんと愛してくれれば母親だ。どっちが子どもかわからないと言われることもあるけれど、別にそれでも構わない。

「プリンより梅酒買って」
「未成年に飲ますぐらいなら私が飲むわ」
「おかあさ〜ん」
「甘えてもダメー、中学生はダメ。高校生になったら一緒に飲もう」
「高校生はいいんかい」

手をつないで母親と歩く。友人たちは絶対そんなことしないと言うが、仁王は嬉しい。彼女も上機嫌で会話を続けると、どうやら今日は全員揃いそうだ。我ながらろくでもない家族だとは思う。普通とはかけ離れていることもわかる。

「なんかおかんにちゅーしたい」
「好きな子にしろ、しちまえ!」
「即ふられるなぁ」

だって相手男じゃけん、とは言わずに飲み込んで。ろくな相手に惚れないのはきっと血筋のせいなのだ。

 

 

 

070728