「丸井先輩ってあのふたりの見分けつきます?好きなオトコなんだし」
「あー?くっだらねえ、ンなんパンツ脱がしゃ一発だ」
「あ、愛の力とかじゃないんすね」
「わかるわけねーだろあんなペテン。俺は純情なんだよ」

それのどこが純情だ。大盛況のファーストフード店で3時間。いい加減店員の視線も厳しくなってきたし何より話題が尽きた。手持ち無沙汰に氷が溶けて薄くなったコーラをかき回しながら近くのカップルを盗み見て、切原は溜息を吐く。

「そろそろ気が済みました?」
「次スタバ行かね?なんか甘いのほしい」
「まだ食うんすか〜?俺もう食いもん見たくない」
「なんだよもうちょっと付き合えよ」
「どーせなら腹ごなしに体動かしに行きましょうよ」

ポテトを一本たりとも残す気のない丸井を見るが反応はない。聞こえなかったふりだ。服の趣味が近いので一緒に買い物に行くことが多いが、今日は乗り過ごして待ち合わせに遅れてしまった。その待ちぼうけをさせた時間で男にナンパされたらしい。切原が着いたときには男に手を出す寸前だった。元々機嫌が悪かったらしい丸井には最悪の油だ。

「つーか仁王が悪い。全部仁王が悪い。殴りてえ」
「殴ってくりゃいいじゃないっすか」
「……殴りに行くか」
「えっ!?」
「柳生と仁王の見分け方教えてやるよ。行くぜ!」
「嘘ッいいっすマジで!見たくねえッ」
「見るんだよ!」
「んな横暴な!」

手を取って引っ張られるのに慌ててついていく。いくつかの机にぶつかって切原だけがごめんなさいを繰り返す。自分だって人のことを言えないが、丸井ほどひどくはないと自分で思う。この超自己中!口にはしなかったのに丸井が振り返って焦った。

「文句があるならお前を脱がす」
「どこにでもついていきます!」

――そうして押しかけた仁王家は空らしく、玄関で待っても誰も出てこない。切原がほっとしたのも束の間で、すぐに切原を引っ張りながら丸井は庭へ入り込んでいく。

「ちょっとッ、いくらつき合ってるったって不法侵入……」
「やっぱりいるじゃねーか!」

小さな縁側から中をのぞき込み、丸井はガラス戸を開け放つ。鍵もかかっていないことに驚く切原を置いて靴を脱ぎ捨てた丸井は入っていった。縁側に登って室内を見ると、部屋の隅で仁王らしい人が寝ている。仁王のうちへ来るのは初めてなのでわからないが、この日焼けした畳の部屋は仁王の部屋なのだろうか。丸井を見ると無防備の人間に対して本当にズボンを脱がそうとしている。角度的に見えないのが救いだ。寝顔を覗きながら、丸井がそこに手を伸ばす。仁王の体が跳ねたとき、自分が急所を捕まれたかのように切原は思わず声を漏らした。顔を上げた仁王は丸井を見て硬直している。丸井が何事かをしたようで、その体がまた揺れた。

「……だから柳生だったらさっさと言えって言ってるだろ!?されてーのかよ!」
「きっ……君こそ寝ている人間に対して何をするんです!」
「ンなんしょっちゅうしてらぁ」
「なっ……」
「まあちんこしまえよ。最後までしてほしいのか?」
「!」
「や……柳生先輩なんすかぁ?」

思わず切原も中へ入る。衣服を正した柳生は眼鏡をかけて切原と丸井を見比べた。仁王が眼鏡をかけた妙な姿だが、確かにこの仁王は柳生であるらしい。

「ここ仁王先輩んちなんすよね?」
「たりめーだ」
「じゃあ何で柳生先輩なんすか」
「……仁王くんが、私のうちでも通用するのか試したいと」
「チッ……逃げやがったな」

丸井の顔は凶悪だ。溜息を吐く柳生の横顔を見て、切原はずっと気になっていたことを思わず口にする。

「柳生先輩って、ほんとにどんなネタで脅されてるんすか?」
「……脅されているわけではありません。私の意志です」
「フツー……つかそもそも普通じゃないけど、家でまでやりませんって」
「確かに、仁王ならともかくなあ」
「なんでもありません」
「んなわけねーだろ。全裸の写真でも撮られたか?」
「違いますよ」
「あ、じゃあ好きな人がばれたんだ」

丸井の一言に柳生が硬直する。あれ、ビンゴ?嬉しそうに笑いながら柳生の眼鏡の下をのぞき込もうと顔を寄せる丸井を慌てて押し返している。それが紳士のプライドを崩壊ほど脅しになるものなのかわからずに切原は首を傾げた。誰が誰を好き、なんてよくある話題だ。紳士だって恋をするだろう。

「あ、赤也は知らねえのか」
「何?」
「お前も気をつけろよ。あいつの暴露の仕方やっべーから」
「……何があったんすか」
「1年のとき仁王につっかかってたやつ、全裸の男でマッチョな体に好きな子の顔つけたアイコラ教科書に挟まれてげっそり痩せた。モザイクなかったし、俺見ちゃったけどかなりエグかった」
「うげっ」
「そのアイコラがまたすっげーうまいの」
「……私のせいで彼女を辱めるわけにはいきません」
「まっじめー」
「いや、普通イヤっすよそんなん……」
「赤也も好きな奴いんの!?」
「いません」
「いるだろ!」
「いません!」
「さては俺?」
「こんなに食費のかかる人は絶対ごめんです」
「落とすのは簡単だぜぃ」
「自分で言っちゃうんすか!」
「うん、仁王でわかった」
「……餌づけされたんすか」
「まあ似たような感じ」

食べ物より秘密めいた、もっともっと甘い蜜。口にはしないけれどそういう意味だ。仁王先輩妙に金持ってますもんね、言葉通りの素直な意味で納得したらしい赤也に特に修正はしない。

「まーそれなら柳生も大変だな。仁王に言っとけよ、俺まで騙すつもりなら柳生の内股にほくろつけろって」
「それが目印なんすか?」
「いや、別にブツ見りゃわかるけど。どっちかっつったら柳生のが立派」
「いや、いいっすそういうトリビアは……」
「一番ヤりたくねえのは真田だな」
「あの人絶対使わねーのにでかいっすよね……だからそーいう生々しいのやめましょうよ」
「下品ですねあなた方は……」
「……お前なあ、マジで一発手で抜くぞ。仁王のかっこで気持ち悪ィ。ほんとに人のいい奴だな、お前妹は心配じゃねえの?」
「!」
「何刷り込まれてるかわかんねえよ。まああいつ子ども嫌いだけど」
「小5でしたっけ」

目に見えて柳生が動揺しだし、丸井は楽しんでいるが切原は心底哀れに思う。仁王に目を付けられたのが悪いのだ。詳しくは知らないが丸井との関係も仁王から始まり、初めの抵抗を越えさせたのも仁王らしい。切原は絶対ごめんだと思うが、仁王に迫られたらもしかしてと思わなくはない。

「あーあ、なんか面倒くさくなっちまった。柳生、仁王の代わりに殴っていい?」
「イヤですよ」
「仁王殴りにきたのになー」
「……俺も絶対イヤっすから」
「チッ、いいじゃねえかお前真田に殴られまくってんだから。このドM」
「違いますよッ」
「柳生、お前帰って仁王追い出してこい。この丸井ブン太様が帰りを待っててやるって伝えろ」
「何だかんだ言って会いたいんすね」
「――赤也知ってるか?恋ってのは下心なんだぜ」
「……あ、さいで」

 

 

*

 

 

「あのふたりって変なペアっすよね……」
「ダブルス組ませると面白いですよ」
「超ザルっすよね。ふたりとも自己中ですもん」

混乱防止のために仁王の姿のままで自宅に向かう柳生についていく。実際は似ていないらしい妹を見たいだけなのだが、柳生が怖いので口にはしない。仁王が抵抗するようなら引っ張り出す役目だ。 仁王の家とはまったく作りの違う柳生の家は、切原から見るとスターのお宅拝見、な気分だった。日常の習慣のせいか、チャイムもなしにドアを開けかけた柳生を慌てて止める。仁王ならばやりかねないとは言えたが。

「はい……なんじゃ、お前らか」

来客を出迎えたのは柳生、もとい仁王だった。小声でささやいた言葉はペテンの終わりを察している。

「お兄さまにお客様?」
「そうですよ」

リビングからひょこんと顔を出した日本人形は心なしか頬を染めていた。切原とばっちり目が合って、はにかむ表情に魅了される。ほんとに似てねえ、隣の仁王もどきの柳生を見てつぶやいた。

「まあ部屋まであがって下さい。――桜、お茶を用意していただけるかな」
「私がしてもいいの?」
「彼らにもぜひ桜の入れたお茶を味わっていただきましょう。私も手伝います。さ、仁王くんたちは私の部屋で待っていてくれたまえ」

半眼で睨む柳生に仁王はやんわりと笑いらしきものを浮かべた。あまりにも柳生らしすぎて少し気持ち悪い。すっかり仁王の演技も放棄し、階段を上る柳生に慌ててついていく。

「妹さん?すっげーかわいいっすね!」
「桜にお湯を扱わせるなど私ならさせません」
「……小5なら別に平気っすよ。ポットでしょ?」

過保護なのか。道理で、彼が苦手そうな丸井に対してもちゃんと相手をするのは、きっと丸井が子どもに見えているのだ。もしかしたら自分も同じなのかもしれない。険しい表情の柳生……と言っても仁王の姿だが、よくもまあここまで似ているものだ。眼鏡や演技力のせいもあるのだろうが、柳生に扮した仁王は特に隙がない。

「お待たせしました」

柳生の妹と共に運ばれてきたのは紅茶とクッキー。桜が作ったんですよ、と伝える仁王に柳生は更に不機嫌なオーラをかもし出す。どうぞ、と桜に差し出された紅茶を受け取り礼を言うが、正直丸井につきあっていたお陰で食べる気も飲む気も起きない。

「……あ、あの、妹の桜です」
「あ、どうも、切原っす」
「さあ桜、一緒にいてもつまらないでしょうから」
「……桜はお邪魔かしら、お兄さまのお友達とも仲良くしたいの」
「それはまた今度にしましょう」
「約束ね」

部屋を出る前に切原に笑いかけ、桜は部屋を出ていった。……どうしてだか、柳生からの視線が痛い。突き刺さるような視線を避けて仁王を見る。

「……さあ仁王くん、今のうちに戻ってもらいましょう」
「しゃーないのう」

柳生の不機嫌を感じたのだろう、仁王は素直に服を脱いでいく。手持ちぶさたに、確かに腹は膨れているのだが紅茶とクッキーに手を伸ばしながらふたりの変身を見た。その実、男ふたりの生着替えとあまり嬉しくない光景なのだが、ユニフォーム交換だと思うことにしよう。

「どうです切原くん、妹のクッキーは」
「……今どっちが喋りました?」
「あなたの妹ではないでしょう!」
「うまいっすよクッキー」
「私の妹ですからね」
「……だからどっち……まあいいや」

後ろの髪を結び直しながら仁王が笑う。落ち着いて紅茶を口にした柳生に違和感を感じ、切原は恐る恐る口を開いた。

「あの、柳生先輩……言わなくていいんすか?」
「……ああそうでした。仁王くん、部屋で丸井くんが待っていますよ」
「ブン太!?」
「随分ご立腹でしたからね、今頃は帰っているかもしれませんが」
「てっめぇ……」

幼い子どものように柳生を殴りつけ、仁王は挨拶もなしに飛び出していく。乱暴ですね、と髪を直しながらも心なしか楽しそうだ。――つまり、このペアは、敵に回してはいけないと言うことだ。随分勉強になった1日だ。仁王の無事を祈りながら、帰るタイミングを失った切原は紅茶をすする。

 

 

*

 

 

「ブン太」
「……遅い」

半分寝ていたらしい丸井は顔を上げるなり仁王の髪を引っ張る。痛みから逃れるために頭を下げると軽く額がぶつかった。睨むような視線。

「仁王」
「ブン太……」
「すっっっげえしたい気分だったんだけど、どうでもよくなった」
「え?」
「6時に起こして、帰るから」

おやすみ、全力で走ってきた仁王に向けられたのはそんな言葉で。髪が手放され、丸井はタオルケットにくるまって丸くなる。首筋を伝う汗を無意識に拭いながら、仁王は呆然と丸井を見た。

「……え?」
「うるさい」
「……」

信じられない。人の部屋で寛いで、家主に対してその暴言。ふつりと殺意が沸くのに、仁王は横になる丸井の体にすがりつく。

「ブンちゃんごめん」
「……したい?」
「したい」
「その気にさせてみろぃ」

殴りたい。自分の中の衝動にハウスを命じ、身を乗り出して唇を合わせる。ああ、――ちくしょう。治せるものなら治すのに。

「……俺なんで怒ってたんだっけ」
「今は思い出さんでいいよ」

 

 

 

070813