※ひとりでとかかきっことか
鬼の霍乱
(ケツいてえ……)
初めてあんなところに異物を入れた。座薬も使ったことのない身としては恐怖さえ覚えたのに、しっかり気持ちよかった。男に突っ込まれて抜かれて女みたいに喘いだ。冷静になればなるほど死にたくなる。今日は疲れたからとさっさと部屋に引きこもり、布団にくるまっているうちに家中も眠りについたようだった。もうそんなに時間が経ったのか。時間を見てみると2時間も布団の中でじっとしていたことになる。うとうとして断片的に眠っていたりもしたが、――もう2時間も、仁王のことを考えていたのか。うんざりするのに頬が熱くなる。あの口が、目が、体が、俺を欲した。悲鳴が出そうだ。心も体も傷ついたが、後悔しているわけじゃない。
『我慢できん』
あいつがそこまで余裕をなくすのは俺の時だけなら嬉しい、そんなことを考えて頭を抱える。裸の肌は汗ばんでいた。情欲に駆られた瞳はただ丸井だけをうつし、彼がそのとき確かな快感だけを求めて腰を振っていたのを理解した。――昨日初めてはっきりそうと言えるセックスをした。丸井が重い体を引きずって行った今日の部活に仁王の姿はなかった。
逃げられた。仁王のことを考える。雰囲気でなし崩しに始まったセックスで、申し訳なさそうに丸井の体をいたわったり、痛いと言うのを聞かなかったり、求めたキスに優しく応えてくれたり、帰る丸井から目をそらしたり。
(エロかった……男に欲情したら、俺も終わりだ)
あの切なく名前を呼ぶ声、どういうわけか潤んだ瞳、丸井の体を這う震えた指先。全てに感じた。挿入はお互い焦ったから痛みを伴ったが、理性をとばした仁王からポーカーフェイスを引き剥がしたのは自分だと実感したのはあの時だ。浅い呼吸を繰り返し、目を強く閉じて快感に耐えているあの表情。がばっと体を起こし、慌てて電気をつけて視線を落とす。――勃った。思い出しただけで。自分に絶望して布団に倒れ込む。
(仁王)
仁王がエロいのが悪い、否――仁王を好きになってしまった自分が。仁王が相手でなければこんなことにはならない。甘んじて痛みや屈辱的な姿を受け入れたりしない。電気を消して再び布団に潜り込む。耳を澄ませて物音がしないのを確認し、ぐっと奥歯を噛んで手を伸ばした。布越しに触れただけで息が漏れる。急くように下着の下に手を差し込み、かたさを持ち始めたものを握った。視界がちかちかして目を閉じる。今までにだって何度も自慰はしたことがあるのに、どうしてこんなにドキドキするのだろう。
上下に擦って先端を押さえつけて快感を探る。荒い息は枕に隠し、もどかしくなって下着ごとジャージから足を引き抜いた。指先が掠めた箇所がひくりと疼き、その事実に鳥肌が立つ。あり得ないと思った瞬間には指を這わせていた。昨日傷つけられたその場所は、じんわりとしびれるような痛みを抱いている。襞をなぞっただけで、更にかたさを増した自分の熱に後悔する。こんなところで感じている。欲しがっている。息を吐きながら先走りで濡れていた指を差し込んだ。ぶるっと震えた体が指を締め付けて、なんだかわからない感情で涙が滲んだ。(変態だ……)
吐き気さえ感じながらもゆっくり指を動かしていく。昨日仁王がどうしたかなど覚えていない。ただ指までは、痛みもなく感じたことのない快感を得た。よくある死ぬ、という言葉が理解できた気がした。空いた手でシーツを握り締める。快感をどこへ逃がしたらいいのかわからない。――指が気持ちいいわけじゃない。自分でケツ上げて指を突っ込んで喘いでいる、自分の状況に興奮している。殺してくれ、浮かんだのは仁王の顔だった。
「あっ……!」
耐えられない。指を引き抜いて自身を擦り上げる。びくっと体を震わせて、次の瞬間には快感を吐き出した。受けきれず指の間から精液が落ちるのを自覚しながら、疲労感に負けて何もできなかった。涙が溢れてきて枕に顔を押しつける。
――仁王。こんなに好きになるはずはなかったのに。(責任取れよ)
*
「ブン太休み?」
仁王の問いにジャッカルは硬直した。まさか丸井は昨日休んだことを怒っているのだろうか。顔を会わせづらいと思っている間に時間が過ぎ、結局サボってしまったのだが後悔している。まるでヤリ逃げのような真似を。
「……ジャッカル」
「お前、いつから名前で呼んでんだ」予想外の返答に今度は仁王が硬直する。ああ、全く、よけいなところでこの男は敏感だ。昨日の丸井がどんな様子だったかはわからないが、何があったか悟ることは容易だったのだろう。
いつから、でしょう。自分自身を冷やかしてもしょうがない。――あのときからに決まってる。ヤったのか、ジャッカルの小さな声は静かに胸に落ちた。ヤった。なだめすかして欲に任せて突っ込んだ。ブン太、「――あいつなら今日、休むって」
「あ……そうけ」調子が狂う。すがりついて引き止めたり追い出すかのように無視したり、怒っていてもおかしくない。嫌だと言うのを押さえつけて結局傷つけながら自らの快感を追った。痛みに耐える声も伴って流れる涙も、興奮材料にしかならなかった。
俺ブン太のとこ行ってくる、仁王の言葉にジャッカルは頷いたが、フォローしてくれる気はなさそうだ。どういう感情なのだろう。ジャッカルにとって、丸井は。これは嫉妬だ。 丸井は家にひとりだった。仁王を見て目を丸くして頬を染めた。今は丸井のどんな姿も下半身に直結しそうで奥歯を噛みしめる。リビングでふたり、微妙な距離をとってソファーに座った。何を話せばいいのだろう。「……別に俺、怒ってないから」
「え」
「だから気にすんなよ。――お前がそんなんだと、無理やりだったみてえじゃん」俺だってしたかったんだから、うつむいた丸井の横顔は耳まで赤くなっている。その様子が目を引いて、迷いながら顔を寄せた。耳に唇が触れると丸井は体を震わせ、そっと顔を上げる。
「……なに、すんの」
「ごめん、つい」
「じゃなくて、……いや、いい」
「何?」
「……する?」
「したい」とっさに口をついて出た言葉に自分で驚き、更に丸井の顔が赤くなったのを見た。自分で言い出したもののその言葉を持て余している丸井の手を取って、泳ぐ視線を奪って唇を重ねる。舐めて口を開かせて、また理性が飛びそうな予感がしながら丸井をソファーの背に押しつけた。待って、キスの合間にこぼれた声もちゃんと聞かない。
「仁王、待てって。部屋、行こう」
「……一緒じゃろ」
「だめ」
「ブン太」
「ッ――ここじゃ、ダメだ」押し返されて、思わず舌打ちをして立ち上がる。丸井を引っ張って部屋に向かい、彼をベッドの方へ押してからドアを閉めた。勢いでベッドに座り込んだ丸井を見る。自分は今、きっとひどい顔をしているのだろう。
「これでいい?」
「……おう」急くように丸井は上着を脱ぎ捨てた。乱れた前髪の間から、挑発的な視線が飛んでくる。飛びかかるように丸井を押し倒し、首に歯を立てて舌を這わせて、甘い息を吐きながらも丸井が仁王のネクタイを引っ張った。さっと緩めてシャツを脱がしかける手を引いて、その手のひらを舐める。噛みつく。
「脱げよ」
「脱がして」唇に噛みついて逆に舌に噛みつかれ、まるで獣だ。――オナニー覚えた猿ってやつか。自虐的に笑って丸井を抱き締めて、血の巡る耳に舌を這わせて性急に丸井の熱をまさぐる。
「ッ――悪ィ、余裕ない」
「そんなんッ、俺も一緒だっつの……!」
「はっ、ほんまじゃ。――勃っちょる」
「……お前も一緒だろ。おっ勃てたまま来たのかよ」
「口悪いのう、」
「ッ……」強く握ってやると丸井の動きが止まる。彼が浮かべたその表情に、ぞくっと鳥肌が立った。背筋を震わせてベッドに押しつけた丸井の首筋に舌を這わす。肩を掴んだ丸井の手がそれに逐一反応して強くなり、ふと頭に浮かんだことを実践してみる。ちゅ、と肌に唇を合わせて強く吸うと耳元で熱い吐息がこぼれた。たまらなくなってもどかしい手つきでベルトを外し、立ち上がった自分のものも取り出す。バックルの音を聞いて視線を下げた丸井がのどを鳴らした。
「やーらし……エッロい顔しやがって」
「どっちが、」
「触って」
「……」唇を噛んで考えた後、丸井の指先が触れる。昨日は仁王が一方的にするばかりだった。迷っているような手つきが、それはそれで仁王を煽る。先走りを擦りつけるように手を動かすと濡れた音がして、丸井が唇を震わせた。それを塞ぐキスをしながら続けると、丸井もそれに応えてくる。熱い舌を絡めてお互いの息が混じる。丸井の手も徐々に仁王を追い込んでいった。
「あっ、」
「……唇噛むな」
「いや」
「聞かせて」
「や、あ……やめろ!」
「何を?」
「そ、こっ……ああっ!」
「ん、」吐き出された熱は仁王の手から零れて丸井の腹を汚す。羞恥で両腕で顔を覆った丸井の手首に噛みついた。かわいいとささやくと無言のまま首を降る。バカ、ようやく出てきたのはそんな罵倒。効きはしないから手をどけさせて、涙を溜めた目にキスを落とした。キスばかりしている気がする、そう思いながらも繰り返す。
「見るな……」
「やだ、見せて。全部」
「やだっ……」耳まで赤い丸井に嬉しくなってしまうのは、自分がひどい男だからなのだろうか。もっと泣かせたい、なんて。初めてしたときよりも少しは余裕があるせいかもしれない。優しくしようと思っていたのに理性が飛んだあのときと、今の気持ちははっきり違う。震える丸井も気持ちがいいはずだ。
「こっち見て」
「……そんなことばっかり、言うッ……」
「うん」
「最低」
「俺もイかせて」すう、と丸井が息を吸った。じっと仁王の目を見てゆっくり手を添える。仁王の手が下へと滑っていくと体を震わせて動きを止めた。
「――ブンちゃんのえっち」
「!」
「初めてだったんじゃろ?こっちそんなによかった?」
「あ、」
「欲しい?」
「違うっ」
「本当?」
「ッ――!」
「でも今日は、ゴムないからだめ」そう言いながら、ゆっくり指を侵入させる。丸井の体が大きく反って、そののどに舌を這わせた。汗の味がする。切ない声に名前を呼ばれて、応えるつもりで指を曲げて中を掻いた。
「やだぁッ……!」
「……誘っちゅう?」
「あっ、あ、仁王ッ!」
「また勃ってきた」
「にお、」
「欲しい?」
「変態ッ」
「気持ちええんじゃろ?」
「ばかっ」
「やめる?」
「も、死ねよお前……」
「……その顔スッゴい好き」優しいキスを落とすとたまらないと言わんばかりの顔をした。無意識なんだろうからたちが悪い。唇を舐めて歯列をなぞり、舌を絡めて呼吸を奪う。一度指を引き抜いて、興奮した自身を丸井のものと重ねた。何が触れたのかわからず身をこわばらせている丸井の手を取ってそこへ導く。
「イかせて。ブン太ばっかりずるい」
「……もうガチガチじゃねーかよ」
「ブン太がエロいから」
「知らねーよ……」わずかに眉をひそめながら、それでも濡れた手を動かし始めた。本当はフェラとかしてもらいたい、なんて言ったらどんな顔をするのだろう。まだ早い、と言う気がする。こんな行為の手順など知らないけれど。顔の横に置かれた仁王の手が反応したのを見逃さず、丸井の指が見つけた場所をなぞる。名前を呼ぶとぱっと頬が染まった。
「……なんでブン太が照れんの」
「うるせえ」
「かわいい。大好き」一緒に手を添えると丸井ののどから声が漏れる。甘そうな気がして口づけて、下を舐めながらお互い絶頂まで追い込んでいく。ほとんど同時に吐き出された熱は丸井の腹の上で溶けた。
*
「帰る?」
「ん〜……いや、もうちょっと。部活って出てきとるけんまだ早い」ふうん、と適当に相槌を打ちながら、丸井の指先が仁王の髪を触った。尻尾とバカにされる伸ばした毛先まで汗で濡れている。
「……それよりブン太と一緒におりたい」
「……あ、そう」ベッドで並んで横になり、天井から丸井に視線を移すと真っ直ぐ目が合う。そらせない。――これが俺の最初で最後の恋だったら笑える。まだ15年やそこらしか生きていなくて、平均年齢ほど生きるとするならあと70年もある。例え仁王の思いが続いても、丸井の気持ちがどうなるかはわからない。こいつ惚れっぽいからな、そこにつけ込んだのは俺だけど。丸井の柔らかい頬を摘むと睨まれる。
「なんでそんな物欲しそうな顔しとるん?」
「してねーよ!」
「しとるよ。まだエロい顔しちょる」
「してない!」
「そんなに入れてほしかった?痛ッ、こらっ」髪を引っ張る手を振り払う。あんなにかわいかったはずの丸井はどこへやら、なんだか憎たらしい。膨れっ面で仁王を見て不満そうにしている。
「ブンちゃんのえっち」
「変態!キス魔!」
「……うん、キスしたい」
「……仁王」体を起こして丸井の顔を覗き込む。ぽっと頬が染まったのを見て、黙ってその頬に唇を落とした。
「――止まらなくなるから終わり!帰るぜよ」
「あっそ!そうしろそうしろ」
「明日こそちゃんと部活でな」
「……お前が言うな!」
「悪かったって」ただいまぁー、母親の声に丸井が体を起こした。反射的なものだったのだろう、何も考えていなかったために仁王と頭をぶつける。痛みを感じる前に丸井が部屋を飛びだしていった。仁王は額を押さえてベッドからずるりと落ちる。
(石頭……)
正に脳みそが揺れていると言う感覚。お帰り、と母親を迎える丸井の声を聞きながら溜息をついた。ヤバい。完全にイカれている。わがままで意地っ張りで生意気な、男に。まともな恋なんてしたことがない。初めて肌を合わせたのも丸井だ。少なくとも今、自分を信じるならば、彼以外を好きになる自分が想像できない。
精一杯の虚勢で大人のふりをした。少しでも気を抜けばまた乱暴にしたのだろう。突っ込んで思うままに動いて。格好つけることだけが得意でよかったと思う。例えば一晩、長い時間丸井と一緒にいられるなら。ドアが開いて慌てて身構えた。「仁王くんいらっしゃい」
「あ、お邪魔してます」
「ご飯食べていく?」
「いや、もう帰ります」勝手に入るなよ、と母親を押しのけて丸井が戻ってきた。顔が赤くなっているのを彼女が見咎めて、あんたどうしたの、と両頬に手を当てて顔を覗き込む。丸井が何でもない、と慌てて母親を追い出した。
「……帰んの」
「まあそろそろじゃな」
「ふーん、飯食ってけばいいのに」
「お前んちで飯食うとそのまま泊まらされるから困るんじゃ」
「なんで?いいじゃん」
「……鬼かお前は」
「は?」
「我慢できるかって」荷物を掴んで立ち上がり、赤い頭を撫でて部屋を出る。またいらっしゃいねと優しい笑顔を向けられた。あまり似ていないなと思う。さっきまで丸井と抱き合っていたことを知ったら彼女はどんな反応をするのだろう。
「お邪魔しました」
見送られながら自宅へ向かう。携帯電話が振動して取り出せば丸井からのメールで、ひと呼吸置いて開いた。件名なし、本文には『ラケット』とたった一言。はたと足を止めて手のひらを見る。――否、テニスバッグなら今肩にある。しかし冷静になれば少し軽いような気が、しなくもない。ファスナーを開けてみるとそこには代わりにバトミントンのラケットが入っている。ご丁寧にシャトル付きだ。――どうしてくれよう。少し考えて、明日持ってきて、と返してみる。即座に嫌だと帰ってきた。歩き出しながら電話に切り替える。
「……ブンちゃん?何してくれんの」
『取りに来いよ』
「嫌じゃ。――土曜空いちょる?」
『は?』
「泊まりにおいで。一晩中してほしいことしちゃるけん」
『……変態』
「明日持ってきてくれんかったら俺バト部行くぜよ」
『好きにしろ!』仁王の返事を待つ前に、聞こえてくるのはツー、と機械音。ヤバい、ぐっと胸を押さえて緩む唇を噛む。きゅんとした、なんていっそ恥だ。この俺が。苦笑しながら携帯電話をしまい、丸井の家へ戻りはしない。持ってきてくれない可能性の方が高いが、真田に怒られるときは共犯だ。
油断しているうちに抜けられなくなっている。それと同時に手放したくない。どんな手段を使っても、自分の隣に引きずり込みたい。家に帰ると姉に顔が気持ち悪いと吐き捨てられた。なんとでも言えばいい、怖いものは丸井だけ。
070904