※柳生の妹(桜)メイン気味
命短し恋せよ乙女
「お兄さまお帰りなさい!」
「おや桜、ただいま帰りました」
「桜ちゃん久しぶり」
「お久しぶりです、幸村さん」笑顔の幸村に笑い返し、桜は来客を見た。兄貴に似ず可愛いじゃん、とからかうような丸井の声に笑顔で応えながら、お目当ての人物がそこにいないことにがっかりする。ふと仁王と目が合って、にっこりと笑顔を向けられてどきっとした。兄の言う「危険人物」の筆頭を飾る仁王の笑みに他意は見えなかったが、それでも警戒してしまう。
今日は兄が部活の友人たちを招き、テスト勉強をするのだと聞いていた。まだ小学生の桜にはわからないが、部活だけでも毎日大変そうなのに、その部活を休みにしてまで勉強しなくてはならないテストは本当に難しいのだろうと思う。客間に案内する兄を見送って、溜息をついてキッチンに入った。
――焼きたてのパウンドケーキを見て切なくなる。もちろん、事前に兄に一言聞けばよかっただけなのだ。切原さんも来ますか、と、一言……ぷるぷるっと首を振り、母を手伝ってお茶を入れる。小学生の頃の兄は友人を連れてくるようなことをしなかったから、母は嬉しそうだ。「桜はそっちを持って」
「はぁい」お菓子の乗ったお盆を手に母についていく。部屋に入ると丸井が万歳をした。
「お邪魔します。すみません、大勢で押しかけて」
「いいのよ、いつでもいらっしゃい」
「妹もいつもお世話になっているようで」
「こちらこそ」幸村の妹とはクラスメイトだ。兄のつながりもあって親しくしている。自分の兄とはまた違った雰囲気で、話を聞いているとずいぶん妹に優しいようだ。早速お菓子に手を伸ばす丸井にも優しく笑いかけて、ジャッカルだけが一言挟んだ。携帯をいじっていた仁王の膝を叩いて兄が挨拶をさせていた。兄の友人らしくないと思うが、部活とはこういうものらしい。
「あら邪魔しちゃうわね。じゃあごゆっくり」
「桜もありがとう」
「お兄さまたちもお勉強頑張って下さいね!」一旦キッチンにお盆を戻し、部屋へ帰ろうとする途中で廊下に出てきた仁王と出会う。思わず警戒してしまったのを笑うように笑みを乗せたこの人は、兄の友人の中でも他の誰とも違う独特な人間だ。桜ちゃん、呼び止められて何でしょう、と応える。
「俺実は魔法使いなんじゃ。知ってる?」
「え?」
「桜ちゃんの望みを叶えたるから、ケーキの準備して待っときんしゃい」
「の……望みなんて」にこっと人の良さそうな笑顔を残して仁王は廊下の奥へ向かう。用があるのはお手洗いだったようだ。そのついでに友人の妹をからかうなんてどうかしている。以前兄が彼は頭がおかしいんですよ、と悪口めいたことを口にして驚いたことがあるが、そうとしか言いようがなかったのだろう。
――ケーキを用意しろなどと、どういう意味なのだろう。望みを叶える代わりにケーキを寄越せということか。確かに人数分もないのでパウンドケーキは出していないが、匂いがするのだろう。第一自分の望みとは何なのか。首を傾げながら自室に戻り、本を読んでいると来客がある。呼び鈴に反応して、母は先ほど買い物に出かけたことを思い出した。時々丸井の歌う声などがしているから、もしかしたら兄は聞こえていないかもしれない。慌てて階段を降りて玄関に向かう。
「はいっ」
「おっと。どうも、桜ちゃんだっけ?」
「……」そこに立っていたのは切原だ。呆然と立ち尽くす桜の顔を覗き込み、切原は目の前で手を振ったりしている。
「仁王先輩いる?呼ばれたんだけど」
「あっ……!」仁王の言う意味が分かった。桜の望みとは。どうして仁王が誰にも言っていない桜の思いを知っているのかわからないが、確かに桜の望みといえば望みだ。かっと顔が赤くなるのがわかる。
「桜ちゃん?」
「よっ……呼んでくるので、待ってて下さい」
「うん」長くない廊下を思わず駆けて客室へ向かう。仁王が扉の前でにやけた表情を浮かべて待っていて、更に恥ずかしくなった。顔を覆ってしまうと頭を撫でられる。
「ケーキ持ってきんしゃい」
「でも……」
「一緒に行くけん」皿に盛ったケーキを持たされて、一緒に玄関へ向かう。きょとんとした切原に仁王が笑いかけた。切原が警戒を見せたのが桜にもわかる。誰が相手でも反応はそう変わらないようだ。
「はい、あんたの電子辞書。今すぐ返せってさあ、絶対あんたがわざと鞄に入れたんじゃん」
「なんじゃその顔。誕生日祝ってやろうと思ったのに」
「へ?」
「えっ!」
「なあ桜ちゃん?」
「に、仁王さんっ」焦る桜の手から皿を奪い、仁王は切原の前につきだした。ハッピバースデー!怪しい発音で切原を祝う。
「へ……まじで?」
「仁王くん何をしているのです……わっ!」客間から顔を覗かせた柳生がその上から幸村に押さえつけられて崩れ落ちる。邪魔が入った、仁王は相変わらず笑いながら桜の肩を叩いた。
「魔法はお気に召したかの?」
「に、仁王さん」
「退きたまえ幸村くん!一体何をッ」
「うるさいメガネじゃのう」ひらひらと手を振って仁王は部屋に戻り、幸村と一緒に柳生を捕まえて退散する。最後に残されたウインクに泣きそうになった。切原はまだ状況を飲み込めていないままだし、無責任にもほどがある。
「えーと」
「あっ……あの、……お誕生日なんですか?」
「今日?って……あー!唯一物がたかれる日!」悔しそうに顔を歪めた切原に驚いた。すぐに桜に気づいた切原は一言謝り、仁王に渡された皿を見る。
「食べていいの?」
「あっ、……どうぞ、あの、よかったらお茶入れますから中に……」
「いいの?お邪魔しまーす」簡単に靴を脱いだ切原にどきどきしながら、キッチンのテーブルへ案内する。お茶を出す前に手も洗わずケーキに手を伸ばした彼に驚きながらも、緊張が勝ってそれどころではない。――魔法使い、だ。仁王の言葉を思い出す。仁王がいなければ今日会うことはできなかっただろうし、そうでなくとも普段会う機会はない。
「桜ちゃんほんとにしっかりしてるよなー、柳生先輩みたいにクソ真面目なのとは違う意味でさ、あ、ごめん」
「いえ、……私もそう思います」
「言うねえ」
「紅茶でいいですか?」
「あ、うん。……ふーん、うち紅茶と言ったらTパックだぜ」
「母がお茶好きなんです」
「母ねえ……ほんとしっかりしてんなあ。これも?作ったの?」
「はい、あっ……あの、口に合わなかったら」
「うまいよ。なんで立ってんの?座ってよ、なんか俺偉そうじゃん」うながされて正面に座る。誕生日ならホールケーキにすればよかったと思いはするが、どの道仁王がいなければ食べてもらえなかったのだ。切原がじっと桜を見ていた気がして少し焦る。
「……先輩たちって何してんの?」
「テスト勉強と言ってましたけど」
「テスト?ああ、3年は実テあんのか。桜ちゃんは小5だっけ」
「はい」
「そっか。じゃあ中学生になったら俺は高校行ってんだなあ」
「……そうですね」
「切原くん何をしに来たのですッ!」飛び込んできた兄に切原が嫌そうな顔をする。その後ろで仁王がすまん、と口を動かした。
「桜ちゃんほんっとにこの人に似なくてよかったよ」
「先輩に対して失礼な口の利き方ですね」
「うるさいなあ。仁王先輩、もう用がないなら帰りますよー」
「さっさと帰りたまえ」
「お兄さま!」
「はいはい帰ります。じゃあね桜ちゃん、ごちそーさま」塩でも撒かんいきおいで兄が切原を追い出す。仁王と幸村が顔を見合わせて呆れていた。
「大体どうして幸村くんまでグルなんですか!」
「……自分は人の妹に色目使っといて」
「私がいつそんなことをしたんですか!」
「無自覚だって、仁王」
「そら末恐ろしいのう。天然は怖い」
「あ……あの」仁王が桜を振り返る。ん?とこちらへ向けられた表情はやはり唇に笑みを乗せていて、全く本心が読めないが、ただ楽しんでいることはわかる。
「……ありがとうございました」
「……どういたしまして」桜が笑ったのを見て、笑い返した仁王の表情が本当の笑顔に見えた。
*
「珍しいな、お前があんなことするの」
「ん?ああ、いっぺん柳生のふりして家に行ってから桜ちゃんがどうも可愛くてのう」
「……」
「いひゃい」黙って頬をつねる丸井の手を取って、仁王はそのまま引き寄せる。頬を撫でる手に丸井が目が閉じて、仁王はそのままキスを落とした。
「うわ」
部室に入って第一声。切原の声で気づいた丸井がゆっくり仁王を押し返す。最悪だ。何が悲しくて男同士のキスシーンを拝まなくてはならないのだろう。
「あんたらもーちょっとはばかって下さいよ」
「プリッ」
「もー意味わかんない」
「いーなー、お前ケーキ食ったんだろ」
「うまかったっすよー」
「ちゃんとお礼したかー?」
「あー、いや。期待させちゃ悪いかなと思って」切原の言葉に先輩ふたりは顔を見合わせた。丸井が仁王と切原を見比べるようにして、切原を指さすが何も言えずにいる。
「……あのねー、あそこまでわかりやすかったら俺だってわかりますよ」
「なんで?お前好きな奴いねーって言ってたし、桜ちゃん可愛いじゃん」
「んー……俺、女の子に優しくできる自信ないんで」指先で軽くこめかみを叩いて切原はロッカーを開ける。自分の赤目のことを指しているのだろう。仁王と丸井は再び視線を交わした。にやりと笑って、柳生先輩も怖いしとぼやいている切原の背中に飛びかかる。
「赤也ー!」
「ギャッ!?なんすか!イテテッ」
「かーわいいなーお前!」
「当分俺らのおもちゃのままじゃのう」
「じょーっだんじゃない!」髪をかき乱す丸井を振り払い、切原はふん、とふんぞり返る。
「あんたらがいちゃついてるまに俺は化け物を倒しちゃいますよ」
「はっ、まずは俺らとの勝率上げてみろってんだ」
「丸井先輩とは俺の勝ちの方が多いもんね!」
「るせっ」
「痛いって!におー先輩笑ってないで!」
「俺ブンちゃんの味方じゃけん」
「あーッもう!」
「で?んじゃあ赤也は桜ちゃんのことなんとも思ってないわけ?」
「……あんだけわかりやすかったら、意識しますよ」
「きゃーっ赤也ちゃん!可愛い!」
「ウゼェー!」
「何の話ですか?」
「「……」」ぴたりと動きを止めて、ふたりは後ろを振り返る。仁王の首根っこを捕まえて、柳生が微笑を称えて拳を震わせていた。
「や……柳生、ブレイクブレイク、仁王の顔だけはやめろ」
「ブンちゃんそれどういう意味」
「お前が殴るべき相手は赤也だ、見なかったことにしといてやるから」
「嘘ォ!暴力に訴えるなんて柳生先輩らしくないっすよ!」
「……」ぐっと拳を固め、深呼吸をして柳生は肩を降ろす。手に提げていた紙袋を黙って赤也に差し出した。切原は恐る恐るそれを受け取る。
「……なんすか?」
「……桜からです」中を覗くとバースデーカードが見える。ロッカーに鞄を入れた柳生は着替えずにラケットを持って出て行った。その後聞こえた悲鳴に、慌てて仁王と丸井が部室を飛び出す。残された赤也はずるずるとその場にしゃがみこんだ。
(やっべ、可愛い……)
耳まで赤くなっているのがわかる。柳生にうろたえる真田の声が聞こえてきた。
070929