親しき仲にも礼儀あり 2
他の誰でもないブン太が使うキッチンだ、即席とは言えそれらしく見える夕食ができる。双子と3人で机を囲んでいるとブン太からメールが入った。そういえば仁王が出てこない。部屋来て、と用件のみの簡潔な本文に嫌な予感がしながら、ふたりを残して立ち上がる。携帯は便利だ。
「どうした?……って、そいつ」
ブン太に寄り添うように眠っている仁王に頭を抱える。ブン太が病人だとわかっているのだろうか。仁王は父親になれないんじゃなくて子どもなのだろう。申し訳なさそうなブン太も呆れてはいるようだ。
「悪い、子ども部屋でいいから床に布団敷いてやって、こいつ連れてってくんねえ?なんだかんだでこいつも最近休んでねえんだ、多分今一緒に寝たらうつっちまう」
「ったく……テメェらは俺のことをなんだと思ってやがる」
「頼りにしてるぜぃ」
「ったく……お前腹は?もういいのか?」
「うん、ハルフミは?食った?」
「今食ってる」
「風呂入れてさっさと寝かしてやって」
「わかったよ。あいつら寝たら帰るからな」
「わりーな」
「薬は飲んだのか?お前もたまにはしっかり休めよ、かーちゃんは強くねえと」額に触れて熱をみると少しは落ち着いたようだ。部屋を出て、双子のテーブルを見て軽くめまいがした。可愛い盛りではあるのだろうが、ブン太が疲れるのもわかる気がする。とにかく客用と言うよりはジャッカル用の布団を出しに行き、そのまま子ども部屋に敷いて仁王を引っ張りに戻った。起きる気配のない大の男を引きずるように移動させる。どうして俺がこんなこと、仁王に布団をかけて溜息をついた。彼女もいないのに子どもが4人もいる気分だ。今日はブン太が大人しいだけましだろう。
仁王が着たままのスラックスが気になったが、流石にそこまで面倒見てやる気にはなれない。アイロンをかけるのはブン太だ。リビングに戻ると状況は更に悪化していたが、どうにか夕食は終わっているらしい。「お前らもっと綺麗に食わねーと、またかーちゃんに怒られるぜ。どうやったらこんなにこぼすんだよ。ほら今度は風呂行くぜ」
「誰と?」
「ジャッカルと?」
「はいはいジャッカルと一緒だ。パジャマとパンツ持ってこい」
「はーい!」返事はいい。溜息をついてテーブルの上を片づけ始めていると仁王が這い出てきた。部屋に戻った双子に起こされたのだろう。状況に首を傾げ、ああ、と納得した様子で頷く。
「すまん。俺がやる」
「いいから寝とけ。お前までダウンしたら俺仕事休まなきゃなんねーだろ」
「大丈夫じゃ」
「とーちゃん今日こっちで寝るの?」
「かーちゃんひとり?寂しくない?」
「とーちゃんはかーちゃんに追い出されたんじゃ。ほれジャッカルと風呂行ってこい」
「とーちゃんは?とーちゃん一緒に入ろうよ!」
「とーちゃんは疲れてるから俺と行こうな」双子を風呂へ行かせ、ジャッカルは仁王を振り返る。頭を掻いて眠気を飛ばそうとしている仁王が気づき、しっしっと追い払う素振りを見せた。
「机は片づけとくけん、そっちは任せた」
「大丈夫か?」
「はよ行かんと、怪獣が暴れ出すぜ」風呂場からのにぎやかな声にはっとして慌てて向かう。いつだったか油断している隙に泡風呂もどきを作られてしまったことを思い出した。
ようやく部屋が静かになったのは9時を回ってからだった。時計を見て上等な結果だ、と自分を誉める。ジャッカルがいると騒いで興奮するせいなのか、子どもたちはなかなかベッドに向かわない。いつもならば仁王家の料理長の一声で片がつくのだが、今日はダウンしていたのでどうしようもなかった。送ろうか、仁王の問いに首を振る。「あいつら起きたら困るだろ」
「ああ……すごいのうお前は、子どももおらんのに」思いつかなかった、溜息混じりにつぶやいて、仁王はジャッカルのいるソファーに腰を落とした。こうして仁王とふたりになることは、今まであまりなかったかもしれない。誰かを介してでなければ親しくもならなかっただろう。
「すまんの」
「全く、父親がしっかりしてくれよ」
「やっぱ面倒見れんと具合悪いな。ブン太がおるけん任せとったけど」
「……お前さあ、そんなに子ども嫌いか?自分の子でも?」
「……そんなこた、ないわい。ただ、ちっとビビってるだけじゃ」
「何年一緒にいると思ってんだよ」
「やかましいし面倒なことしかしねえし、……そのうち殴る気がする」
「お前らの子がちょっと殴られたぐらいで潰れるかよ」仁王が考え込む。不器用な男だな、思わず呟くとぎょっとした表情を見せた。かつて詐欺師の異名を持っていた男は聞いたことのないことばだったのだろう。しかしジャッカルからはそうとしか思えない。
「心配しなくたって、ガキはちゃんとお前のことわかってるよ」
「――お前に説教されたくないわ。さっさと帰り、明日も仕事じゃろ」
「……親しき仲にも礼儀ありって知ってるか?」この野郎。ブン太の様子が気になりはしたが、仁王も疲れているだろうから帰ることにする。給料もらってもいいんじゃねえかな、いびつとも言える父親の姿に呆れながら玄関へ向かうと仁王は黙ってついてきた。
「助かった」
「……お前もちゃんと休めよ。貸しといてやる」
「女でも紹介したるわ」
「これ以上の面倒はごめんだぜ」
*
重い。夢にうなされて目を開ける。見慣れぬ天井に一瞬ぎょっとしたが、胸と腹とに分かれて枕にされていることに気づいて息を殺した。気配で目覚めるとは思えないほど熟睡した双子を両脇に溜息をつく。そばのベッドを見上げた。普段はこのベッドでブン太が双子と寝ている。今はブン太が使っている寝室で仁王はひとり寝だ。暖かいを通り越して熱いハルとフミはわざわざ自分の布団を引っ張ってきている。……そうか、まだ3歳か。人肌が恋しくても仕方ないのかもしれない。普段ブン太と寝るなら尚更だ。そっとふたりの頭を順におろして立ち上がる。押さえつけられていたせいか体を伸ばすと痛かった。久しぶりに抱く子どもをベッドに戻し、少し迷って部屋を出た。
静かにブン太の眠る寝室へ入ると規則正しい寝息が聞こえてくる。触ってみるがもう熱は下がったようだ。額にキスを落として布団をかけ直す。昔の習慣が、今では難しい。文句ひとつ言わずにほとんどひとりで子どもを育てるブン太も疲れていたのだろう。一緒にいればわかったのに。
起こしてはいけないとリビングに戻れば、随分前に会社から連絡が入っていた。休みにもできるから連絡寄越せ、の言葉に呆れてしまう。俺なしでやるつもりか、俺の企画を。それを仁王が嫌うことだとわかっていながらのメッセージだとしたら、岐路にきている。社長に試されているのだろう。社長の方針は入社時から変わらない。生活空間を作る、そこには家族があるということが前提で。「とーちゃん?」
「! え〜……どっちじゃ、どうした?」
「おしっこ。ついてきて」
「ああ」双子どっちなのかわからないまま一緒にトイレへ向かう。青いパジャマがハル、だっただろうか。それは夏のときだったような気もする。――こんな父親でいいのだろうか。果たして父親として認められているのかどうかもわからない。
「終わった」
「手洗え」
「うん。とーちゃんはまだお仕事?」
「――いや、寝る」
「とーちゃんもおしっこ?」
「そうじゃ。ほれ、戻るぜよ」うん、と頷き、湿った手が仁王の手を取る。……確かに自分の血を混ぜた子であるのだが、一体誰に似たのだろう。ジャッカルも似たようなことを言っていた。幸村が神様のいたずらだよ、などと言って笑っていたが、間違いないかもしれない。――否、仁王から見ればブン太の血だ。
「とーちゃん真ん中ね」
「一緒に寝るんか」
「そう。かーちゃんが言ってた。かーちゃんとハルとフミで、小さくなって寝るんだって。くっついて寝たら仲良しになれるから」
「……へえ」
「とーちゃんとかーちゃんも、くっついて寝たから仲良しになれたんでしょ?俺たちはもうかーちゃんとは仲良しだから、とーちゃんとも仲良しになる」
「……ま、間違っとらんな」できすぎた息子だ。大きなベッドに上がって横になるとハルがすり寄ってくる。かーちゃん治るかな、呟く声に黙って頭を撫でてやった。
朝起きた時にはひとりだった。ベッドを降りてリビングを出ると、テーブルにガキ送ってくる、の簡潔なメモが残っている。時計とメモを見比べて、悩んでいるうちにブン太が帰ってきた。
「おう、おはよう」
「……もう大丈夫なんか?」
「お陰様で」
「そんならいいが……何で?」
「ハルがとーちゃん起こしちゃだめって言うから。かわいいじゃん」
「仕事……」
「社長さんから電話あったぜ、俺の方に」
「はっ?」
「休ませろって。企画なら都合で延期だとよ」近寄ってきたブン太が黙ってキスをする。思わず抱きしめるとブン太は無邪気に笑って、愛おしくなった。ブン太との子だ、可愛くないわけじゃない。
「パパ業ご苦労様でした!」
「もうごめんじゃ」
「情けねー父親だな」仕草でねだってご褒美のキスをもらう。双子はようやく3歳、高校を卒業するまでだとしてもあと15年もある。気の遠くなりそうな話に溜息をついた。成人するまでなら17年、大学を出るまでなら19年、結婚するまでなら?自分が過ごしてきた過程を思い返す。ブン太と出会ったのは中学の頃。あの頃はまさか今日まで一緒にいるなんて思っていなかった。それはお互い同じだろう。指輪を外さない手を取って、黙って視線だけを向けてくるブン太と見つめ合う。
「なに」
「……老けたのう」
「けんか売ってんのか!」
「俺だけのブン太になるまでに何年かかるんじゃろ」
「……バカかお前。お前が帰ってこない日なんか、ガキどもの頭ん中お前でいっぱいなんだぜぃ」噛みつくようなキスがブン太から。甘い行為に息を吐く。強くブン太を抱きしめた。
「ジャッカルにも礼を言わんとな」
「どうせ彼女もいないしいいんじゃね?」
071121