※エロスのかけらもないエロスがあります。

2

 

次の日ブン太は休んだが、幸村が入院することを告げた。騒然とする部員の中で知っていたのは仁王だけだったようだ。柳さえ目を見開いて驚いている。

「幸村、それはどういうことだ」
「だからね、――俺が戻るまで、負けるなってことだよ」

真田に笑いかけた幸村に鳥肌が立つ。これは、死ぬかもしれない人間だ。死ぬ病なのかどうかもわからない、曖昧な病気を持っていて、――俺のブン太を、奪った。一番うろたえていたのは切原かもしれない。彼にとっては神にも等しいと言っても大袈裟ではないほどに、尊敬し、憧れ、敵だった。彼を慕う後輩は多く、中には泣き出している部員も見える。

「帰ってくるんじゃろ」
「もちろん」

それでも、それまで待てない。早く丸井を返してほしい。自分にこんな独占欲があったことを初めて知った。幸村のことがどうでもいいわけではないのに、考えられない。丸井があんなになるほど幸村が好きだったとも知らなかった。自分に支える力がないこともショックだった。丸井から逃げた自分にも腹が立った。帰ろう。騒ぎに乗じてこっそり部室を抜け出す。

なんだか妙な気分だった。チームメイトの心配をせずに自分の心配をしている仁王に、誰も気づかなかっただろう。何故ならばそんなことは誰の胸にも訪れることのない、ありえないことだからだ。まるで悪役のようだ。元々ヒーローだったわけじゃない。言うなれば、助けてくれる万能のヒーローは幸村で、――仁王は、弱みにつけこみヒロインを奪うヒールな役割。
帰路を辿りながら、唇をなめて考える。悪役なら悪役なりのやり方がある。携帯を取りだして電源を入れた。進路を変更しながら丸井にかける。

「……あ、ブン太?大丈夫か?……なあ、今から行ってもよか?」

しばらく返事がない。思わず電波を確認したあと再び耳に戻して呼びかけると、控えめな声で俺が行っていい、と返ってくる。それを断るはずがない。明るい声で待ってることを告げ、仁王は家へ足を向けた。初めから外にいたのか、丸井の方が先について玄関前で待っている。昨日よりは多少落ち着いているようで、仁王を見つけてばつが悪そうに、しかしはにかんだように笑う。

「ずる休みやの」
「お前に言われたくねえよ。俺は普段の行いがいいから大丈夫」
「言うのう。入りんしゃい」
「ん。……おばさんは?」
「この時間なら誰もおらん」
「そっか……昨日のこと、謝らないとと思ったんだけど」
「俺には?」
「は?」
「お預け食らった俺には謝ってくれへんの?」
「……だから、来たんだろ」

幸村のことなど一瞬で忘れるぐらい、痛めつけてやろう。部屋に入るまではそう思った。玄関からうつむきがちの丸井がドアが閉まる音で顔を上げ、照れと好奇心、ちょっとした怯えが手に取るようにわかる。優しく優しくしてやるのもいいかもしれない。荷物を下ろし、仁王がネクタイを引き抜くのをなぜか盗み見るように顔を背けている丸井は、幸村と話でもしたのだろうか。昨日の様子と違いすぎる。やっぱり傷つけてやりたい。今以上に踏み込めるような、絶対的な傷がほしい。
優しく丸井の手を取って、ぴくりと肩を上げたのを見ながら布団へ誘導する。ためらいがちに、それでも抵抗はなく丸井はそこへ上がった。

「脱いで」

仁王が先にシャツを脱ぎ捨てると覚悟を決めたようで、丸井も上着を脱ぐ。待てずに押し倒し、撫でるように足を開かせて間に体を入れた。緊張が伝わってくる丸井の表情に笑い、できるだけ優しくキスを落とす。何度か触れるうちに体のかたさもなくなり、丸井の手が仁王に触れた。肩をすぎ、引きつけるように首へ。舌を這わせて侵入し、積極的に絡められる舌を吸った。震える体を抱きしめて、一層口づけを深くする。

「仁王」
「怖かったら言って」

唇を離れて首筋に顔を埋めた。また走っていたのか汗の匂いがする。キスを残す耳元で丸井が快楽を逃す呼吸を感じた。繰り返し触れながら降りていき、胸を舐める。くすぐったい、丸井の声を遮った。

「腰上げて」
「ッ……」

丸井の動きに合わせて服を脱がせた。じっと見ていると延びてきた手に目を覆われる。そっとおろさせ、額がつきそうなほど顔を寄せて視線を捉えた。

「恥ずかしい」
「かわいい。好きじゃ」
「仁王」
「触ってええ?」
「……もう触ってるくせに、ッ!」

熱くなった中心を握るとしっかり反応が返ってくる。擦りあげながら乳首に歯をたてると甘い声が漏れた。自由な両手で口を塞いだ丸井に気づきその手首に唇を当ててから耳を舐めた。片手が慌てて耳を塞ぐ。バカやろう、罵倒すら耳に心地いい。からかうように耳に、まぶたに、胸に、へそに、キスを落とした。

「おっ……お前も、脱げよッ」
「……ええよ」

一旦離れてベルトを外す。制服のズボンも下着も靴下も脱ぎ捨てて向き直ると、丸井の喉が上下するのが見えた。笑ってやると焦って目をそらす。既に立ち上がっているものを太ももに押しつけてやると、悲鳴にも似た声が漏れた。

「……お……お前の、そんなにでかかったっけ……」
「こんなエロいブンちゃん見せられちゃ、でかくもなるわ」
「エロいのはどっちだよ……」
「キスしてもええ?」
「……うん」

真っ赤な顔でうつむく丸井に熱が上がるのがわかる。これは確かに自分のものだ。噛みつくように荒っぽいキスで丸井を布団に沈め、熱を押しつけるように抱きしめる。丸井の聴覚を刺激するのをわかりながらわざと音をたてるようなキスを繰り返すが、その音に振動音が混ざった。びくりと震えた丸井を無視してキスを続ける。脱いだ制服のポケットから携帯がこぼれてフローリングの上で震えているのだろう、音が大きく聞こえる。今はどうでもいい。丸井を抱きしめることに精一杯だ。そう思うのに、一度切れたはずの着信が再び鳴り始める。丸井が押し返すのも払ってキスを続けるが、三度目には流石に我慢できない。
ベッドを降りて携帯を掴むと始めは柳生から、続いて真田、切原と着信履歴がある。また鳴らされては邪魔なので柳生にかけ直しながら戻って丸井をまたいだ。ぎょっとする表情が愛おしくて額にキスを落とす。何度キスをしても足りない。全身くまなく自分のものにしてしまいたい。電話がつながったとき、柳生にしては相手の確認をしなかった。

『今どこにいるんですか!?』
「家じゃ」

漏れる音が聞こえるのだろう、丸井が仁王を見上げた。今はまだ部活の時間だと思い出したらしい。それをキスでなだめる仁王の耳に飛び込むのは、今一番聞きたくない名前。

『幸村くんが倒れました!』
「幸村!?」

さっと丸井の顔色が変わる。ほとんど同時に携帯を投げ捨て、起き上がりかけた丸井を押さえつけた。丸井の表情が塗り変えられている。舌打ちをして丸井の手を取った。

「何すんだよ!」
「黙っとき」
「仁王!」
「俺を見ろ」
「お前、あっ!やめろ、今はそんなッ、っく、」

立ち上がった熱の形を指先でなぞり、まだ快楽を拾う体を笑ってやる。そんな傷ついた顔をしても許さない。思っていたよりも快楽に弱い丸井から先走りがこぼれた。指先に絡めてそのまま後ろへ回し、ずっと求めていたものに触れる。はっとした丸井の抵抗の手を払って指先を押し込んだ。拒絶を繰り返す口をキスで塞ぐと噛みつかれる。

「やだ、仁王、怖いよお前」
「――なんとでも」
「んあっ!」

無理に押し込んだ指が締めつけられる。痛いのだろうな、思いはするがやめてやらない。広げるように指を動かすうちに丸井の声も変わってくる。嗚咽混じりに快楽に耐えきれずにこぼれるそれにいい気になって、どこがいいのか、あちこちと探った。すっかり抵抗のなくなった体のあちこちにキスを降らせ、そうしながら指を増やす。

「ひ……あっ!」
「ここ?」
「あ、あっ……や、やだ、やめろ!」
「気持ちいい?」
「う、や、やっ……ふあっ!」

ぐっと指を曲げて押して擦って爪を立て、内部を攻めながら完全に立ち上がった性器も撫でてやる。先端を刺激すると大きく震えて射精した。火照った体に精液が散る。

「……丸井クンのえっち」
「ッ……」

ぐっと拳が握られたと思った瞬間、真っ直ぐ平手が飛んでくる。不意をつかれてきれいに頬に決まった。じんと後からくる痛みをやり過ごし、睨んでくる丸井に素早く一発返す。軽く叩いただけだが、自分が冷たい目をしているのがわかっていた。中に入れたままの指を引き抜いて、足を開かせると何をされるのかわかったのだろう、抵抗される前にもう一度叩いてやる。

「……仁王」
「お前を抱いとるんはだれじゃ。誘ったんはブン太じゃろう」
「……お前は幸村くんが心配じゃねえのかよ」
「……俺の手の中に、お前がおるのかどうかの方が心配じゃ」
「あっ!」

ろくに慣らしもしてない箇所に熱を押し当てる。

「なあ、ブン太。俺は間違っとるか?」

 

 

*

 

 

「ブン太」

揺り起こされてはっと顔を上げた。勢いで丸椅子から落ちかけてシーツを掴む。幸村が心配そうに丸井をのぞき込んでいた。

「幸村くん」
「いつからいたの?俺結構寝てただろ」
「さっき来たばっかだよ。……遅れてごめん」
「何が?」
「……仁王と、セックスしてた」
「……」
「途中で電話かかってきて、幸村くんが倒れたって。仁王がキレて、強姦だろあれ」

腫れた頬に気づいて幸村が手を伸ばす。ひんやりとした指先に目を閉じて、さっき泣いたつもりだったのにまた涙が零れた。

「最低」
「ブン太……」
「なあ、俺は幸村くんの心配したのに、仁王は違うんだって。幸村くんが、……死ぬかもしれないのにさ」

ずっと憧れていた幸村。仁王への思いとははっきり違う。恋ではない。それが仁王はわからないと言った。俺より幸村が大事なら同じじゃろ、憎しみさえこもっていそうな冷たい声。体ばかりが熱くて、途中から何も考えられなくなった。痛みと混じる快楽と、怒りや悲しみや、喜び。

「……ひどくね?初めてだっつのに。ま、電話あるまでは、優しかったけどさ」
「じゃあ俺のせいだね」
「違う!」
「しっ、病院だから。大会がんばってね」
「……幸村くん」
「負けたら許さないから」

ノックに振り返ると遠慮がちに仁王が顔を出した。時計を見て幸村が肩に触れる。ためらいがちに立ち上がった丸井に幸村は笑う。

「元には戻せなくてもね、直せるものはあると思うよ」
「……また来る」
「うん、気をつけて」

病室を出て仁王を見上げた。歩きだした仁王の袖を掴むと払われて手をつなぎ直される。ゆっくり歩いて病院を後にした。無言で歩く仁王を見上げると視線に気づいたのか、一度こっちを見て顔をそらされる。

「ごめん。俺沸点低いんじゃ」
「知ってる……っつか、知ってるつもりだったけど」
「……平気?」
「イテェよ!」

つないだ手に力をこめるとようやくまともにこっちを見た。ばかっ、簡潔に罵倒すると苦笑される。こいつ俺に捨てられると思ってんじゃねえかな、

「今度あんなことしたら訴えるからな」
「……今度、ね。いつ?」
「もう少しこりろ!」
「――あかん」
「は?」

引き寄せられて口を塞がれた。人通りはないとは言え公道で、突然のキスから逃れようとするのにがっちりと腰を捕まえられて逃げられない。セックスを思い出すような熱い口腔に崩れ落ちそうになる。

「ば……ばかっ」
「好きじゃ」
「……俺もだよ」

泣きたくなりながら腰の手を払い、そのまま歩き出す。黙って歩くと仁王も黙ったままついてきた。

「……送るぜよ」
「……いい。また明日な」

押し返して背中を向ける。まだどうしていいのかわからない。それでも幸村に関しては無力だ。いつも支えられていたから、支えるのは難しい。せめて自分で立ち上がる。仁王が何を考えているのかわからないが、どうせ元々わからなかったのだ。これから理解していくしかない。好きだという思い胸にある。

(……キレたり泣いたりしたら、腹括らされちまった)

 

 

 

 

071209