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冬休みも近くなった時期にコンドームが見つかり、仁王は黙殺されるだろうと睨んでいたが学年集会にまで発展した。クリスマス前に浮かれていた思春期の少年少女に大打撃を与えるには十分な、見回りを行うということが決定したようだ。そこまで考えては居なかったが結果オーライだ、ブーイングの中で何気なく丸井を見ると、しかめっ面で仁王を白李と見ている。笑顔で小さく手を振ってやるとすぐに顔を背けた。

「カラオケ中止やのう」
「いーや、やる。昼間なら大丈夫だろ」
「……たくましいのう」

解散後に教室へ戻りながら憤慨した様子の西田と歩きながらクラスメイトを見回す。大人しい女子などがまだ赤面していて、教師も随分思い切ったことをしたな、と思う。流石に使用済みとは言わなかったが、他学年でも集会をするのかと思うと同情する。どうせひとり張り切っている生徒指導の教師が言い出したのだろう。
最近は山の上のこの場を穴場と見たのか、バイク集団だとかいかがわしいことをしたカップルだとかが夜に出るようになった。通学おに得ろ本が落ちていることもある。面倒くさい世の中になってきたものだ、などと子どもらしくなく考えもするが、その性の乱れのお陰できっと丸井を抱けるのだ、と思う。

「仁王!」

教室へ戻ってから、カラオケの言いだしっぺの女子がぶつかるような勢いで仁王に突っ込んできた。腰に絡みついた手からやんわり逃げて、間に友人を挟む。

「セクハラじゃー。井上さんのえっち」
「バーカ。カラオケどーする?夕方からと思ってたけどやばそうだね」
「いっそ担任呼んだらどうじゃ」
「あー……どうしようかなあ。仁王も来るんだよね?」
「あ、俺パス。俺実はクリスマスは家族と過ごす派なんじゃ、俺も15やし卒業しようかと思ったけどやっぱり寂しくなってのう」
「お前が〜?」
「まッ失礼な」
「そっか、じゃー仁王は無理なのか……」
「ま、やるんやったら楽しんできんしゃい」

やっぱり狙いはそれか、。気づかれていないつもりの井上の思いをあえて拒絶するつもりはない。今はそんなことに構っているときでもないのだ。

「あーもー、誰だよあんなもん捨てたやつ……」
「夜中に高校生やら侵入しとるらしいの」
「しっかりしろよセコムー」
「……仁王はホントに家族とクリスマスなの?」
「……さあ、どうかのう?」
「違うんだ!彼女!?」
「おらんおらん。――あ、や、おるんか?」
「え?」
「……今俺を興奮させるのはテニスじゃけん」

嘘ではない。最上級は丸井ではあるが。話が気になったのか丸井が寄ってきて、そんな顔をされてはたまらない。誤魔化すように腹減った、と伸ばしてくる手を捕まえて、そのまま手をつなぐとしばらく無言になる。

「……何」
「触りたいみたいじゃけん、サービス」
「ざけんな!」

手が振り払われて体温が残る。笑う仁王を、丸井がどういう気持ちで見ているのかは知らない。何か持ってねーの、お決まりの文句に回りも笑った。

「ポケット覗いてみんしゃい」
「は?」

いぶかしげな表情をしながらも丸井は仁王のズボンに手を伸ばす。ポケットに手を入れて、見つけたそれを引き抜きかけて慌てて手を抜いた。どうしたん?と見てやれば、キッと睨みつけてくる。そんな表情がたまらないのだと丸井は知っているのだろうか。何?と興味を示した西田にポケットを指差し、彼も丸井同様に入れさせる。それが何なのかわからなかったのか取り出したそれを見て、彼と共に井上も絶句した。指に挟まれたコンドームを取り返し、ないないしましょ、とセーターの胸ポケットに隠す。

「……犯人お前かよ……」
「な、何で仁王そんなもの持ってるの?」
「使うから」

唇に人差し指を当て、井上に向けて笑ってやる。切原がよくその笑い方怖いんでやめて下さい、と言ってくる悪巧みをしているときの顔で。硬直する井上にやりすぎたとも思ったが、これで冷めてくれれば儲けものだ。

「何に使うんだか!」
「アレ?ブンちゃん使い方知らんの?手取り足取り教えちゃろうか?」
「いらん!」
「これはな、そっと袋を開けるじゃろ。優しくな、破れたら使えんくなるから慎重に」
「わー!」
「んで、蛇口に当ててゆっくり水を入れるんじゃ。あんまり入れてもいかん、適当に止めて、水風船の出来上がり」
「……テメェ」
「仁王……」

完全にからかわれたとわかり、丸井が顔を真っ赤にする。隣の友人が諦めろ、とその肩を叩いてなだめた。ふたりの関係を知っているかそうでないかで多少ニュアンスは変わるだろうが。

「仁王の下ネタってえげつないよな……女子の前でやるか?」
「ん?あーすまんのう、別に井上のこと女と思っとらんわけじゃないぜよ」
「……あ、そう」
「そ。俺はな、これぐらいが好みなんじゃ」

そっと丸井の胸に両手を当てて、一同が再び沈黙する。目を丸くしたままその手を見下ろしている丸井がかわいくて、そのまま揉むように手を動かすと乱暴に振り払われた。殴ろうとするのを避けると思い切り足を踏まれ、悶絶している間に丸井が逃げていく。

「変態ー!センセーッけーさつ!けーさつ呼んで!」
「ブンちゃんつれないのう。つかマジイテエ……」
「ばっか、気持ち悪いことすんなよ!仁王巨乳党じゃなかったか?」
「あーそれもええね。尻みたいな乳」
「その表現もどうよ」
「あ、すまんの。でもブンちゃんは巨乳やと思うんじゃがのー」
「巨乳違いだな」

絶句する井上に手を振って、流石にこりたろうと思う。もっとも井上がどの程度この手のネタに抵抗があるのかはわからない。井上を女として見ているのは事実だ。恋愛対象外、として女を見ているのだから、間違いない。

「俺女だったらぜってー仁王とつきあわねえ」
「……だって、別に西田に惚れられてもしゃーないけど。井上さんは?こんな男は嫌い?」
「……聞いてどーすんの」
「参考までに」

彼女が口を開きかけたとき、担任が戻ってきて答えは聞けなかった。困ったような視線が記憶に残る。

(……余計なことしたかのう)

 

 

*

 

 

少し遅れる、の文面を見て携帯を閉じ、仁王は辺りを見た。クリスマスイブの今日、カップルにせよ友達グループにせよ、人が多いのに違いはない。甲高い声で騒ぐ小さな子どもを連れた家族をなんとなしに見送り、暖かいものでも買ってこようと近くのコーヒーショップに足を向ける。昨日はなんだかんだで遅くまで電話で話し込んだから、寝坊したのかもしれない。そうだとしても認めないか仁王のせいになるのだろう。
自分の考えに笑ってしまいながら、ショーウインドウに足を止めた。冬の装いのマネキンのカップルの足下に赤と緑が使われたプレゼントがディスプレイとして幾つも置かれていて、そういえばプレゼントなんて思いつきもしなかったと思い当たる。丸井が用意しているとしたら面倒くさくなりそうだ。ココアでも買って待っていればごまかせるだろうか、コーヒーショップの店先にサーモマグが並んでいた気がする。遠くない待ち合わせ場所を振り返り、とりあえず中にいようと丸井に移動しているとメールを送った。その背中をポンと叩かれ、振り返る。

「お兄さんお暇っ?」
「……井上」

ゲッ、と口をついて出そうになったのを隠し、さっと視線を巡らせれば少し離れたところでクラスメイトが10人ほど集まっているのが見える。失敗した。まさか待ち合わせ場所がかぶるとは、思わず顔をしかめた仁王をどう思ったのかは知らないが、彼女の手が袖を掴む。

「ひとりなの?」
「姉貴のおつかい。スタバのココアが飲みたいんじゃと」
「急ぎ?」
「マッハ。あと5秒で帰らんとしばかれる」
「適当だなあ」
「どこ行くん?」
「みんなあんまり知らないけど、駅と反対にカラオケあるの知らない?」
「ああ……そっち行くん?」
「うん。少し条件は痛いけど、見つかりにくいかなって」
「昼間やし見つかっても平気じゃろ、集団やし」
「まあね、でも見つかるの嫌じゃん」

確かにそうかもしれない。男子などは小学校からの延長のようなやつらもいるが、こんな企画に乗るような女子は気合いの入った服装をしてくる。軽く化粧をしている子がいても不思議はない。現に仁王は短いと思っている制服のスカートよりも短いスカートの井上だとか。携帯が振動して何気なく新着メールを見れば、駅着いた!と字が踊る。ぎょっとして駅の方、井上の向こうを見ると、赤い頭が近づいてきていた。携帯から顔を上げた丸井と目が合って、井上に見えないように追い払うジェスチャーをするが、首を傾げた丸井がすぐに井上に気づく。キッとつり上がった眉に溜息をつきそうになった。

「仁王!」
「……よーブンちゃん、メリークリスマス」
「あ、丸井くん」
「何してんの?」
「……何でしょうね。何に見える?」

ああ、怒っている。髪を直すふりをして井上の手を離し、おもむろに丸井を抱きしめた。何だよ!と焦る声がする。

「暖かそうやと思って。流石肉襦袢着てるだけあるのうイッテ!」

言い終わる前に髪を引っ張られて体を離す。つれない、と笑ってみるが誤魔化されてくれそうにない。

「丸井くんは用事あるんだっけ?」
「……何?カラオケ?……行こっかな」
「来れるならおいでよ!」

ちらりと仁王を見て丸井は既にテンションの高いクラスメイトの方に視線を移す。これは完全に機嫌を損ねた。仁王も来てよ、井上の声に丸井の眉が更につり上がる。

「……ブンちゃん行くん?」
「行く!」
「ハァ……じゃあ俺も、おつかい終わったら行こうかの。後で部屋教えて」
「ほんとにっ!?」
「多分な。気をつけえよ、ブン太マイク持ったら離さんから」
「音痴よりましだろ、ジャイアンのくせに」
「やかましい。んじゃ後でな」

丸井の視線と井上の視線から逃れるべくコーヒーショップの中に入る。井上に促されるまま集合した参加者の輪に入るのを見て溜息をついた。とりあえず自分の分を注文し、彼らが消えるのを待つ。……全く、面倒くさいやつだ。メールで文句が送られてきたが一瞥して携帯を閉じる。どうしてくれよう。
怒らせるのが好きなんじゃないか、と気づいたのは最近だ。ぷくっと膨れた頬だとか真っ赤な顔だとか、幼い子どものようにふてくされた顔をするのが、愛しいと思う。不機嫌な声も睨む目つきも、仁王のせいだと思えば嬉しい。とはいえ必要なのは後のフォローで、元々何も言わずうちへ引っ張るつもりだったから夜になだめればいいだろう。させてくれれば、の話だが。
自らに課したミッションクリアのために準備

済まし、井上がわざわざ電話で教えてくれた部屋に向かう。クリスマスと言えどこんな昼間はまだ少ない方らしい。仁王が部屋に入ると主に女子が歓迎をしてくれたが非常にありがたくない。

「一緒に歌おー!」
「俺なんもわからん」

これは?と見せられたのは丸井がよく聞くもので、サビぐらいならわかるだろう。青春だとか初恋だとかを歌った流行のメロディーが流れ出し、マイクを押しつけられる。――ほら、怒る。今まで機嫌よく歌っていた丸井がソファに浅く座り体を倒している。その膨れっ面に触りたい。本当にサビだけマイクに声を通し、おまけに音が外れた。それをからかって隣の女子が腿を叩く。こうなるだろうことぐらい予想できるだろうと思うのに。ツラがいいだけで音痴でもCD売れる歌手っているよな、怒った声が言って友人が笑った。丸井にしてみれば笑いごとではないだろう。
便所、と立って女子の間を抜ける。ドアの脇で少し待つと丸井もでてきた。ぶさいく、と言ったらもっと怒るだろうか。黙って手を取って足早にトイレに向かい、入るなり個室に押し込める。

「バカ!」 「行くってゆうたんはブン太じゃろ」
「止めろよっ」
「無茶言うわ」

ぶつかった拍子に膝の裏が当たり、丸井が便器に腰を落とす。その顔を捕まえて上からのキスで押さえつけた。頭を抱いて舌を奥まで差し込んで、体はすがる手に任せて頭以外には触れない。苦しそうな反応も黙殺し、ただ休まずに続ける。わずかに離れた唇から甘い声で名前を呼ばれた。感じたことのない思いがせり上がり、何か言いたげなあわいを塞いで唇を吸う。震える体と細い声にたまらなくなって抱き締める。丸井の足の間に膝を入れた。そのまま刺激を与えると体が逃げる。

「におう」
「何で怒るの」
「なんかヤなんだよ!なんでお前ばっか余裕なんだよ、お前が簡単に嘘つくから、不安になるんだよッ……」
「なんで?信じられん?」
「誰ともつき合ってないとか、さっきだっておつかいだとか、俺はそんなに嘘つけない」
「つかんでええんじゃ」
「俺には?」
「ブン太に嘘ついてどうする」
「お前が嘘ついても俺にはわかんねーんだよ!」
「ブン太」

ヤバい、と言うことばが便利だと思う。この衝動をどう表現したらいいのかわからない。抱きしめて痛いと漏らした声を耳にしながらも押さえられない。力を込めながら耳に舌を這わす。逃がさない。

「ブン太ずるいわ」
「お……お前だろ、ずるいのは!やめろ、耳ッ、あっ」

服に手をかけると慌てて払われた。うろたえた瞳が仁王を見上げる。

「……したい」
「ここ、で?」
「どこでも。帰る?」
「帰る」

手を引いて立たせ、誰にも言わずカラオケを出る。手をつないでも丸井は何も言わない。人混みの中でも男がふたり手をつないでいることに気づく人もいたが気にしなかった。誰もいないの、小さな声に頷いて家の鍵を開ける。入るなり抱き締めて壁に押さえつけた。自分の余裕のなさにおかしくなる。首筋を吸いながら性急に服に手をかけると慌てた丸井に止められる。

「にお、待って、ベッド……」
「待てん」
「バカッ、がっつくな……」
「ブン太が悪いんじゃ、かわええことばっか」
「ッ……やめろ!」

仁王の腕から抜け出し、丸井が中に入っていく。ジャケットを脱ぎながらついていき、先に部屋についた丸井が立ち止まった背中を見た。

「脱いで」

結局待つのももどかしく押し倒し、まともに脱がさないまま乱暴に抱いた。焦らして泣かせて傷つけもした。唯一ばれた姉にはこんな最低な男のどこがいいのかと何度も言われる。丸井の涙の理由も聞かず、寒い、とすり寄る体を抱き締めた。

「……ブン太、8時じゃ」
「……うん」

門限だ。仁王は早すぎると思うが、少なくとも丸井家では普通らしい。弟が小さいせいもあるのだろう。体を起こした丸井が名残惜しげにキスを残す。素直に応えて、まだ何もおさまっていないことをお互い意識しながら離れた。丸井が服を着るそばで、仁王も適当にスウェットをはいてパーカーを羽織った。無言で玄関まで見送りについて行く。
体を合わせれば気持ちいい。それがここまではうまくいかないから、恋愛とは厄介だと思う。面倒だと思う。それでも恋をせずにいられないのはなんなのだろう。丸井が好きだと意識するまでは、自分は恋などしないと思っていた。ややこしいだけの人間関係など。

「ブンちゃん、これやる」
「は?」
「クリスマスプレゼント」

靴箱の上においていたビニール袋を手渡した。既に靴をはき終えた 丸井が困惑して仁王を見上げてくる。何も言わずにいると袋の中を覗いた。さっき買ったのは、お菓子の詰まった赤いブーツ。クリスマス定番のこれを見かけるたびに丸井しか浮かばなかったのだ。

「……ガキって言いたいわけ」
「あら、怒った。喜んでくれると思ったのに」
「バカにすんな」
「難しいのう」

靴箱に寄りかかって一緒に袋の中を見る。思いがけず顔が近くなり、丸井がこっちを見た。まだ少し目元が赤い気がする。どうしたらいいのかわからない。誰かがほしいなどとこんなに強く思ったことはない。

「……お前、夜、ひとりなの」
「多分。姉貴は泊まりやゆうとったし、弟は始業式早かったけん親と一緒にバーちゃんち先帰っとるんじゃ」
「……母さんが、いいって言ったら、」
「ん?」
「……来てもいい?」

もし神がこの世を作ったのだと言うのなら全身全霊で感謝しよう、なんて恥ずかしいことを言うつもりもなければ思いもしない。それでも今のこの時間は、幸せなのだろうと思う。

「いつでもどうぞ。ゴム用意して待っちゃる」
「それはいらねえ!」

 

 

 

 

071224