※不必要なのにエロみたいなシーンあり
後の祭り
「おはようさん」
「おはよう」八重桜を見上げていた丸井に声をかけると思いがけず柔らかい笑顔が返ってきて、機嫌がいいなあと思う。大きな木に隠れてしまっているような丸井がかわいらしく見えて仁王も笑ってしまった。そばへ寄って髪についた花びらを払ってやる。それだけなのに過剰に反応した丸井が緊張しているらしいとわかり、噴き出しそうになるのをどうにかこらえた。
「な……何?」
「花びら」
「あ、ああ……」
「行こっか」先に歩き出すと丸井は黙ってついてくる。妙にしおらしくなってしまって、これはこれで魅力的ではあるがいつもの調子が出ないようだ。そんなに気にするもんかねえ、そわそわしている丸井を横目に見ながら、昨日の部活の話など適当に口に乗せる。学校へ向かいながらそうやって核心に触れない会話を続けているとそのうちいらついてきたようで、返事が投げやりなものになってきた。わかりやすさに笑いそうだ。学校が見えてきた頃、足を止めて少しだけ路地に丸井を引っ張りこむ。
「な、なんだよ」
「誕生日おめでとう」
「! ……あ、ありがとう……」仁王の表情で自分が観察されていたとわかったのだろう、礼の言葉は小さく、うつむいてしまった。左手貸して、と手を取り、自分はポケットを探すと丸井がうろたえる。昨日部屋のがらくたの中から出てきたおもちゃだが、丸井はどんな反応をしてくれるだろう。薬指に通したのは、ガラス玉のはまった露骨にそうとわかるおもちゃの指輪。もちろん子ども向けのものであるから丸井の指では第一関節までしか入らない。顔を上げて丸井の様子を伺うと、きっと眉をつり上げて睨んできた。予想通りだ。
「ふざけんな!何だよこれ!」
「プレゼント」
「はあ!?」
「金も職もない俺からの、精一杯の愛の証じゃ」
「なっ……こんなもんッ」
「明日空いとる?」
「ッ……あ、空いてるよ」
「じゃあ明日、泊まりにおいで。一日遅れになるけどふたりでお祝いしよう」
「お……お前……」かあと顔を赤くした丸井が妙に幼く見えて、誕生日なのに、と笑ってしまったのを笑顔にしてごまかした。泊まりにという誘いは、それだけの意味にならないと丸井はわかっているはずだ。会話やゲームで一晩過ごす可愛らしい関係ではない。先に行く、と額にキスを残して顔を見るとぷいと反らされてしまった。
「……こんなんじゃ許さねーぜぃ」
「俺をやるから明日まで我慢しときんしゃい。もうええって言うまでくれてやる」ぱっとこっちを見た丸井は大きな目を見開いて、単純な驚きを向けていた。にやりと笑ってやると彼の口元は感情に迷って歪む。言葉を待たずにそばを離れて校舎へ向かった。思ったほど大きなリアクションはなかったな、などと考えながら前を歩くクラスメイトと合流した。もっと怒ると思ったが案外しおらしかったのは、やはりお誘いがあったからだろうか。春休みが明けて新学期、部活の方で部活紹介や仮入部やと何かと忙しく、同じクラスになったもののそう大っぴらに寄り添っているわけにもいかない。ふたりで会うのは久しぶりだということになる。
丸井が告白してきたのは去年の年末だ。それまでに丸井の気持ちに気づかなかったわけではない。ときどき感じる視線や態度で、丸井らしからぬ遠慮がちな恋心をいつの頃からか知っていた。相手は男であるが仁王に関して言えば特に抵抗はなく、そういう趣味の知り合いもいる。もっと言えば興味はあった。情報として知っていた男同士のセックスへの関心は尽きなかったが、知り合いの前で口にすれば自分がネコにされてしまうことはわかっていたから言ったことはない。
そんなことを考えていたから丸井の気持ちにも気づいたのだろうか。確かめるために不意に触れてみたり優しい言葉をかけてみたり、試していたせいもあるのだろう。丸井からの告白は予想の範囲内だった。邪な目で見ているということもあるのだろうが丸井はかわいく見えたし、何より相手が自分を好いているという絶対的な関係が一番魅力的だった。話をしているクラスメイトも部活で親しくしているレギュラーも、誰も仁王と丸井の関係を知らない。告白にイエスの返事をしたのは自分の狙いが丸井の体であったからで、後々自分が不利になることは避けたい。 秘密のつき合いは時に丸井を不安にさせるようだが、抱きしめてキスでもすれば解決できるとわかった。恋というのは面白いな、と思ってしまうほど、丸井はわかりやすい。
今まで何度かセックスのようなことをした。というのは逃げられることを恐れて無茶はできなかったからで、丸井が怖がっている限りアナルセックスとまでは発展しなかった。少しずつ慣らしていけばと優しくしていたが、もういいだろう。誕生日プレゼントと称して、我ながら性格が悪いと思う。授業中、視界の斜め前にいる丸井の後ろ姿を見る。うなじに残したキスマークはもう消えただろうか。少なくとも仁王よりはぽっちゃりとした体は自分と比べるとやわらかく、もちろん女のものとは違うがあたたかく抱き心地がいい。冬の間に色の戻った肌は白く、これから夏へ向けて少しずつ焼けていくのだろう。
誰に対しても勝気な丸井のあんな姿を知っているのは自分だけだという優越感に似たものが込み上げて、笑ってしまう口元を袖で隠した。頬を染めて目を潤ませ、すがりつく腕の力の強さや殺しきれずにこぼれる喘ぎを、他の誰が知っているのだろう。好きだと繰り返す声に良心が咎めないわけではないが、別に騙しているわけではないのだと自分に言い聞かす。嫌いじゃない、どちらかと言えば好きなのだ。嘘でなく好きだと告げられるほどには。素直に告白されて悪い気はしないし、かわいいとも思っている。これからも傷つけるつもりはないし大事にしている。後ろの席の生徒につつかれて振り返った丸井と目が合った。ごまかすのも妙で笑って見せるとふいと視線を流し、後ろの生徒と小声で話をしている。今日の誕生日は本当は忘れていたが、昨日の部活で話題になって思い出した。あんなおもちゃでごまかせるとは思っていない。今度の休みにでも一緒に買い物に行こうと思う。デートもしばらくしていない。何がほしいのだろう、考えているとまた丸井と目が合って、照れたように笑った丸井になぜか戸惑った。
*
「……大丈夫?」
「あ、あ……う、ん……んッ、ん!」
「……ブン太」目に涙を貯めて仁王を見上げてくる丸井の顔は不安そうで、それでも立ち上がって先走りをこぼしている性器の下、指を埋め込んだ秘所はすっかり濡れている。指一本から始めて慣らしていったのは正解だったのか、感じるところに触れるとひっきりなしに甘い声をこぼした。まだ抵抗しようとする丸井だがそこは指を締めつけ、熱いその中に入れたくて堪らない。
「まだだめ?」
「ッ、うぁ、あッ!」
「わかる?こんなに、ぐちゃぐちゃやのに」
「やめっ、う、」
「な、ブン太ばっかり気持ちええんのもずるい」
「ぁ、はッ……!」ぐっと力を入れて広げてやる。丸井の痴態に自身は痛いほど立ち上がって主張していて、目に入っていないはずがない。両足を担ぎ上げて太腿に押しつけてやると体を震わせた。達しそうになっている丸井のものに息を吹きかければぴくぴくと震え、甘い声が漏れる。自分の息が荒いのもわかり、ゆっくり指を引き抜いた。脚を下ろして丸井をベッドに倒し、汗で貼りついた前髪を剥がして額を寄せる。
「ブン太」
「……にお……や、やだ……」
「……こっち」うつ伏せにして腰を上げさせる。するいと臀部を撫でると腰が揺れて、こんなに誘うくせにあまり焦らされるのも面白くない。張り詰めたものを押しつけると丸井が息を呑み、しかしそのままぐっと押し込む。反らさせた背に唇を寄せ、熱を推し進めた。
「あんッ!」
「入っとるよ。わかる?」
「う……あ、あ……」
「ブン太」
「は……入って、る……仁王待って、ちょっと痛い……」
「……ん、力抜いて」
「っあ!」慎重に慣らしたせいか思っていたよりも入っていく。それでも痛みはあるのか丸井の表情は歪み、仁王もその締めつけに顔をしかめた。後ろから抱いた丸井の腹を撫で、少し力が抜けたのに気づいて萎えていた性器に触れる。高い声にいい気になって、一気に奥まで押し込んだ。ローションがぐちゅりと音を立て、腿を伝って流れた。
仁王、泣きそうな声を耳にはするが、止まってやる気はない。「動くぜよ」
「だめ、あッ……痛い、あっ!」
「だめ、やだ、他に言いたいことは?」
「ッ……優しく、して!」
「はッ……かわええこと」
「ひぁッ!」多少乱暴だがここまできたらもう引けない。丸井の背中に汗が落ちる。狭いそこに苦痛も伝わるが、それと並ぶ快感に仁王は理性を飛ばす。思っていた以上の強い快感と痛みがふたりをつなぐ。思わず、口走った。
「ブン太、好きじゃ」
「あっ……!」
*
目を覚ますとまだ夜中だった。しかし何か気配を感じ、豆電球の明かりの中に丸井が見えた。上半身を起こして肘をついていたが、仁王の気配に気づいたのかこっちを見たようだ。何かが光ったが寝起きの目ではよく見えない。どうした、聞くとなんでもない、と笑った。
「大丈夫?」
「うん……ちょっと痛いけど……」
「ごめん」抱いて引き寄せると腕の中でくすくすと笑った。お互い裸のままで寝入っていたので肌同士が触れ合い、さっきまでの行為の汗も引いていた。ひくんと丸井の体が緊張し、離れようとするので逆に引き寄せる。
「どうした?」
「ちょ、だめ……」
「ああ……」身動きしたせいか仁王が中で出したものが流れてきたらしい。仁王の足にも垂れてきて、濡れた腿を動かすと抱きしめた体が緊張した。
「忘れとった、中で出したな」
「だ、大丈夫……つかやめろ、またッ……」
「また?……立ってきとお」
「う……も、もう無理だからな!」
「……あんま気持ちよくなかった?」
「……だって、お前……やだっつってんのに、無理やり……俺誕生日なのに!」
「俺をやるっつったじゃろ」
「なんか違わねえ? ……あ、こら!」尻から撫でて手を下ろし、欲の残滓を残す場所に指を押し込む。濡れてる、と囁いてわざと音を立てるように動かすと身体を強張らせた。なだめるように空いた手で丸井の手を取ると、そこに冷たい金属があるのに気づく。手探りで場所を見つけ、見ると指先にはまっているのは今朝冗談で渡した指輪だ。快感に惑わされていたらしい丸井が慌てて手を引いたが、もう遅い。うろたえて仁王から離れる表情に、悟る。
「……怒ったんやないの?」
「お、こ、ったよ、怒ってるよ!こんなもんで!」
「でも」
「……お……俺だって、こんなもんで喜ぶのなんか、やなのにッ……」
「ブン太」
「だってお前が何かくれたの初めてじゃん……」
「……そんなもん大事にせんでも、今度なんか買いに行こう」
「……もういいよ」布団に頭までもぐりこみ、丸井はぎゅっと仁王を抱きしめる。泣いているのかと思うような震えた声に、ぞくりと鳥肌が立った。もしかしたら、危険なことに手を出したのかも知れない。たかが中学生の恋愛だと、自分で思っていなかったか。一生をかけるような恋愛になるはずがないと、仁王は思っていても、相手は違うのかもしれないのだ。
「これでいい。嬉しかったよ、俺」
ヤバい。丸井とつき合っていて、初めて頭の中で警告が鳴る。俺はもしかして、恋というものを勘違いしていたのか?拗ねていたようだがそのうち笑い出し、くすくすと腕の中で肩を揺らす丸井が知らないものに見える。
「……仁王、もっかい……する?」
「……大丈夫なんか?」
「大丈夫……」顔を上げて寄せた丸井のキスを受けて、緊張を隠しながら応える。熱い舌に思考を邪魔される。甘い吐息の合間にこぼれる好きと言う言葉に怖くなる。それは、どういう意味だっただろう。ぐっと力をこめて丸井をベッドに押しつけ、乱暴な口づけをした。何も考えたくなくて、理性が飛んだふりをして丸井の体に貪りつく。理想に縋りつくように。
*
丸井の恋は「本物」らしい。しょせん好奇心の塊だった自分の恋心などささいなことで崩れてしまうようなもので、元々の目的を達成した今、丸井に用はない。それでも簡単に別れてしまえるとは思わないし、自分も丸井も同じテニス部、高等部も同じチームメイトとしてやっていくことになることを考えると下手な別れは得策でない。何より、別れたいと思っているわけではないのだ。
散りゆく八重桜を見上げる丸井は笑っている。その胸に潜む恋心はふたりきりのときにだけ顔を出すようになった。仁王を引き止めるための術だとわかったのは最近だ。ふたりの関係が表に出ないこと、それはつき合っていく上で重要な点ではある。
「今日はいい天気だな」
「そうやのー」
「昨日の雨で随分散っちゃったな。花見行っててよかったぜぃ」
「レギュラー連中、祭りは好きじゃけんな。どうせ今年の夏も花火大会行って、秋になったら紅葉狩りでハイキングじゃろ。あと初詣な、アホらし」
「あーそっか……花見はお前とふたりでも行けたけど、夏の祭りは1回しかねえんだよな」きゅ、とつながれた手に指輪はない。大事にする、と笑う丸井がどこに隠しているのか知らない。
通学路にあるバス停のそばにある八重桜は、それでもバス利用者は少ないので、一体何人が立ち止まって見上げたのだろう。自分との待ち合わせに使うと丸井はこの春必ず先に来ており、蕾の頃から枝を見上げていた。ベンチに座って寄り添うふたりは、どう見えるのだろう。花見のふりをして空を見ると太陽をさえぎって枝が広がっていた。「俺、普通の桜より八重桜の方が好き。桜なのに派手っつーかさ、散ったときが豪快じゃん。遅れてきた主役って感じ。俺の誕生日の時期に咲くし!」
「ふうん、俺にはわからん」
「お前興味ないことにはほんっと頓着だよなー。俺、ときどき怖いよ」
「何が?」
「お前が、俺以外のやつに興味持ったら、って」
「……ばかやの、そんなこと。ブン太の方が先に、他の誰かを好きになるかもよ?」
「フン、舐めんなよ。俺は、お前が俺を見てないときから好きだったんだからな」どきりとした。バスが見えて手を離し、丸井より先に立ち上がる。話のタイミングのせいかわずかに不安そうな顔をした丸井もすぐバスを振り返り、息を吐いた。そのつむじに載った花びらをつまんで落とすと、こっちを見上げた丸井がくすりと笑う。
「お前もついてるよ」
言われて適当に髪を払うと目の前をピンクの花びらがよぎった。バスが入ってきて花びらは舞い上がる。丸井が立ち上がり、先にステップを踏んだ彼に続いて乗り込んだ。座席の窓側に座った丸井は少し高くなった位置から桜を見る。
「俺、多分八重桜見るたびに、お前のこと思い出すよ」
恋が怖いだなんて誰が思うだろう。そんな感情が理解できない。そんなに相手のことばかり考えていられない、執着もできない。これは恋ではないのだろうか、確かに丸井を好きだと思っていたのに。バスが走り出し、揺れた反動で触れた手を再びつなぐ。このぬくもりは心地よい。しかしこれが丸井だからではないということは自分でわかっている。感情によるものではなく、単純にすぐ冷える自分の手があたたかさを感じているだけだ。
「……ま、もしかしたら何年後かには、思い出すたびに殺意がわいてるのかもしんねーけどな」
「俺悪役やね。……今は?」
「笑っちまう」
「え?」
「お前が俺のこと好きだって言ってくれるのが嬉しくて」
「……かわええこと言って。予算は変えたらんからな」
「ケチー!」けらけら笑う丸井の手が力をこめて手を握った。どきりとする。これから一喜一憂しながら、丸井のことを好きになっていけるのだろうか。昨日からどうしてだか、恐怖にも似た感情が顔を出す。これが恋心であるなら楽なのに。
「来年の誕生日も、お前といれたらいいな」
やめてくれ、と口にしそうになった。バスの中に他の乗客の姿はほとんどない。並んで座るふたりが手をつないでいることなど誰にも見えないだろう。
「……どうした?お前なんか静かじゃん」
「んー、つーか、ブンちゃん元気やね。こんなことならもっと乱暴したったらよかった」
「ば……ばっか!」顔を真っ赤にした丸井がかわいいと思うのに、それはやはり恋とは違うと思うのだ。もじもじとうつむく丸井が横目で様子を伺ってきたけれど、無視をするふりで顔をそらすと太腿を叩かれる。
「なんか腹立つ。マジで指輪買わせてやろーかな」
「やめて、予算オーバーやけん」離れるタイミングを失った。ずっとごまかしてきただけなのかもしれない。好きなのだと思ってみても結局はセックスをしてみたかっただけで、ちょうど丸井が体格も顔もこれなら抱けると思えただけで。罰が当たったということなのだろうか。小声で丸井に聞いてみる。
「ブン太は、俺んこといつまで好きでいられるとおもう?」
「ずっと」いつか決めなくてはいけない。このまま丸井とつき合うか、傷つけることを知っていながら別れるか。今はその決意ができなくて、俺も、と小さな嘘をついた。仁王にとっての小さな嘘が、丸井にはそうではないと知りながら。
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