王様の耳はロバの耳
入学したときからあいつはずっと気になってた。入学式の次の日には髪を脱色して一見白髪頭で登校してきたし。噂だとペットが死んだショックで、なんてたちの悪い冗談を言ったらしいんだけど、昔同じ立海に通っていた仁王の姉ちゃんが同じ嘘を言ったのを覚えてた教師がいたからばれたんだって。他にも校門に横付けされたデコトラから降りてきたり、花束抱えて登校してきたり、とにかく目立つやつだったから憧れてるやつも多いよ。たまにそこまで教師と向き合う度胸のないやつらに囲まれてまんざらでもない顔をしてるし。そんなんだからテニス部でもちょっと浮いてて、確かにアップも基礎練も真面目にやりはするけど、みんないまいち信用しきれてなかったっていうか、さ。だけど1年の中では誰よりも早い球を打ったな。あれは、文句なしにかっこよかった。
でも俺が仁王を気にし始めたのはそんなんじゃなくて……笑わない?……1年の春にさ、遠足があったんだよ。班に分かれて電車乗って、動物園に行って簡単なクイズラリーしただけの。ああいう行事ってカメラマンついてくるじゃん?俺調子に乗ってずっとカメラマンの前うろうろしてたんだよね。あとで販売始まったとき、丸井ばっかりだから頑張って自分を探せ、なんて担任に言われたぐらい。……そんでさ、俺は写りがいいの選んで何枚か買ったの。そのとき、あ、1年のときは仁王と同じクラスで席も近かったんだけど。そのときに仁王が買った写真が何枚か見えてさ、そん中に、俺の写真が混ざってた。他の誰も写ってなくて、俺ひとりのやつが1枚だけあったんだ。俺も買ったよ。写りはあんまよくなかったけど、俺しか買うやついないと思ったし。
だからさ、何も考えず仁王に聞いちゃったんだ。なんで俺の写真買ってんだよ、って。そしたら「番号間違えた」だって。それどうすんの?って聞いたらさ、大事にする、だって。……冗談だってわかってたよ、顔が笑ってたし。でも仁王が俺の写真持ってるんだって思ったら、嬉しい、みたいな、なんか、変な感じで。あ、仁王が俺のこと好きだったわけじゃないんだ。あとで聞いたんだけど、女子に頼まれて買ったんだって。だから、仁王は俺の写真を持ってないんだよ。でもそのこと知るまでずっとどきどきしてて、俺が買った写真の中に仁王がいないか探したけど集合写真しかなかった。それからかな、部活の試合にカメラ追いかけてきたりしたら、いろんなやつと一緒に仁王も呼ばせて写真撮ったの。まだ、自分の気持ちはわかんなかったけど、自分で誘うのは恥ずかしかったんだよ。──時間?俺こんな話だっかりだったけどいいの?……わかった、じゃあ来週。仁王の写真?……修学旅行のときに仁王の写ってる写真買ったけど、今はもう、持ってない。女子にあげちゃった。なんか、むなしくなった。写真持ってたって、意味なかったもん。
仁王?……変なやつだよ。会わせたいな、多分気が合うんじゃないかな。ひとりだけ変な方言しゃべってる。会ったことあるけど姉ちゃんは普通だった。別にクラスでは普通だよ。授業中はよく寝てるけど騒いだりはしない。頭も悪くないみたいだけど、なんかちゃんと勉強してるみたい。仁王の姉ちゃんが、家では勉強ばっかりって言ってた。本読んだりダーツしたり、大人しいって。あんまりひとりでいる仁王を見たことなかったから意外だった。
仁王に彼女ができたのが、1年の秋だったかな。あんまり長くなかったみたいだけど。部活終わって、それまではみんなでだらだら話しながら着替えてたけどさっさと帰るようになってさ、なんでだろって言ってたら柳が……あの、データマンっていうのかな、いろんなことに詳しいやつがいてさ。柳ならもしかしたら俺の気持ち知ってたかも。 柳がさ、彼女ができたんだ、って言い出してさ。柳のいうことで間違ってたことなんてひとつもなかったけど信じられなくて、次の日仁王が出てすぐにこっそり追いかけたら、俺の全然知らない女子と歩いてた。柳は2年の誰かってとこまで知ってたけど、聞きたくなかったから聞いてない。
その日からなんとなく気分が落ち込んで、テニスもうまくいかないし、ずっともやもやしてて。そしたら知恵熱出してさ、……家で寝てて、初めて仁王のことばかり考えてるって気づいた。知らない女といつ知り合ったのかとか、どっちから告白したのかとか、なんかそんなくだらないことばっかり。熱が下がっても気分は暗かったけど、明るく見せてた。だってさ、俺気づいちゃったんだよ。仁王が好きだって。……うん、なんかすげーショックだった。自分が男を好きになったのも信じられなかったし、仁王が誰かとふたりきりでいるのも見たことなかったし。誰にも言えないからどうしたらいいのかわかんなくて、できるだけ今まで通りに見えるようにしてたつもり。ちょうどその頃から練習も厳しくなってきたから、疲れてるって早く帰ったりした。怖かったんだ、仁王と一緒にいるの。それなのに近づきたくてさ、外周するときなんか、必死で仁王についていった。一回俺が真剣に走るから仁王もムキになって、隣に並んで全速力で走ったことがあって、しゃべる余裕なんてないし競争って言ったわけじゃないけど、なんか楽しかったな。ゴールして……っていうか走りきって、結局負けたんだけど、それ以上動けなくて俺は倒れ込んだんだ。しんどい、って言いながらも涼しい顔してるあいつを見てると悔しくて、もしかしたら俺のは恋じゃなくて憧れかな、って一瞬思った。でも仁王が水持ってきてくれて、お礼言いたかったけどしゃべることもできないぐらい疲れてたんだよ。そしたら笑って肩叩いていった。もうすっごい顔熱くなってさ、走ったせいにしたかったけど、だめだった。やっぱり好きだった。なんか急に恥ずかしくなって、あれから競争はしてない。
まあ……その頃に仁王が準レギュラーにあがって、練習メニューちょっと変わったっていうのもあるけど。ほっとしたけど、すぐに仁王の近くに行きたくなった。準レギュラーはレギュラーと一緒に練習するからさ、すげーきつくなんの。俺も必死でやって、春には並んだ。そしたら……仁王と同じ頃に準レギュラーに上がってた柳生ってやつがいるんだけど、柳生がすっごいまじめなやつでさ、なんか前髪七三で眼鏡かけてて、ちょっと気持ち悪いぐらい紳士なんだぜ。知らない間に仁王がそいつと仲良くなってたんだ。仁王と正反対で一緒にいるなんてありえないと思って、俺柳生に聞いてみたんだ、仲良いのかって。柳生が仲良くなれるならおれだって、って思ってさ。柳生が、仁王は頭がいいから会話が楽しいなんて言うからやっぱり俺じゃだめなんだなってわかった。
せっかく近くに行けたのにまた離れたくなって、そんなんだから準レギュラーになったり落ちたりしてた。かっこわりぃよな。……仁王に、変なとこ見せたくなかったのに。 ……もういいよ、仁王の話は。勉強しようぜ。な、……俺、今日はちょっとだめなんだ。また大丈夫だったら、来週仁王の話聞いてよ。話せるの、あんただけなんだ。
はい、修学旅行のお土産。沖縄行ったの、海もすごかったけど防空壕がすごくてさ、あんなとこよく入れるよな。……うん、泳いだ、っていうか班に分かれて活動すんのがあって、俺スキューバやったんだよね。自分が意外と泳げなかったんだってわかった。でも海は、あんまり好きじゃないからほんとはジャム作り行きたかったんだ。パイナップルのジャム、畑行って収穫からやったんだって。スキューバにしたのはジャッカルがやりたいって言ったからでさ、あ、ジャッカルって……まあいいや、ダチだよ。信頼してるけど仁王の話まではできない。優しいやつだから拒絶はされないと思うけど、ちょっとわかりやすいからな。
海?ちょっと、嫌な思い出があんだよ。また仁王の話。仁王のことばっかだな、俺。そんなもんなのかな、俺、小学校のときは好きな子いたけどそんなにその子のことばっかり考えてなかった。仁王が男だから考えちゃうのかな。……ほんとに?んなわけないじゃん、大人だったらもっとうまく恋愛とか、できるだろ。だってさ、俺、去年の夏多分仁王に嫌われたんだ。あのときからちょっと避けられてるの、仁王見てたらわかるんだよ。2年の夏休みに部活で合宿行ったんだ。海。そんなに遠くないよ、バスだったから。始めの日は走りっぱなし。すげーの、砂浜ランニングしたんだぜ。大昔だよな。1年の時は山の方だったんだよ。夜も広い畳の部屋で雑魚寝して、楽しかったな。騒いでるうちに場所がぐちゃぐちゃで、気づいたら仁王が隣にいてさ、ばれないように逃げた。だってあんなんじゃ寝れなかったし。
……朝、すっげー早く目ェ覚めてさ、みんな寝てて、多分5時ぐらい。変に目が覚めちゃって、起床は6時だったし、そのままこっそり抜け出したんだ。海見に行ったの、マジきれいだった。まだ暑くもなくて、めっちゃ晴れててさ。砂浜も誰もいなくて、感動した。 ……あのとき、一瞬だけ俺幸せだったんだ。仁王にも見せたいと思ってたら、仁王が出てきたんだよ。なんか頭真っ白になっちゃって、背後からいきなり現れたんだぜ。なんて言ってたかな……おはよう、だか、きれいだな、だか、なんかそんな感じで声かけられてマジ焦った。そのまま仁王も行かないから、ふたりで海見ててさ、日がどんどん昇っていってまぶしくて、だから仁王の方は見なかった。言い訳だよ。まあ、仁王の髪がまぶしかったのはほんとなんだけど。言ったっけ、あいつ髪の色が銀っつーかグレイって言うか、染めてんだけどさ。
何もしゃべれなくて沈黙が続いて、逃げるタイミングはかってたら、仁王が……仁王が、丸井は何で俺を避けるのか、って聞いてきた。俺さりげなくしてるつもりで完全にばれてたみたい。あいつ鋭いからな。そこまでばれてんのに俺は見栄張ってそんなことねえよ、って、俺は笑って言ったつもりだけどどうだったのかな。嘘がへただって笑われた。一瞬告白しようか迷ったけどそんな勇気はなくてさ。なんか……指摘されまくって、みんなといるときは平気にしてるけどふたりになったら逃げるじゃろーって、言われちゃって、ほんとに頭真っ白。変な顔して、ちょっと苦手だな、って、……言っちゃった。最悪だよなあ。仁王はそっか、って言っただけで何も言わなかったけど、逃げたくてしょうがなかったのに体が動かなかった。海を見るとあのときの嫌な気持ちを思い出す。すっげーきれいな、朝の海だったのにな。それから、仁王に避けられた。しょうがねえよな、俺が苦手って言ったんだもんな。今でも俺はどうすればよかったのか考えるよ。……ごめ、俺かっこ悪……もう泣きたくないんだよ!こんなのッ……ベッド?借りれんの?……時間まで、寝る。ごめん。
遅くなっちゃった、大丈夫?お見舞い行っててさ。うちの部長が今入院してんだ。なんか、原因不明の病気。冬にぶっ倒れてさ、マジ焦った。練習試合の帰りだよ。幸村!って真田がでけー声出して、また幸村くんが真田怒らせたのかと思ったら倒れてたんだ。血の気が引いて動けなくなっちゃって、みんなが駆け寄るのに俺は棒立ちでさ。俺、幸村くんに憧れてテニスしてたとこもあるし、人として、男として、ああなりたいっていうのとはちょっと違う気がするけど、すげー尊敬してる。その幸村くんが真っ青になってぴくりともしなくて、俺死んだんだと思ってた。誰かが救急車呼んで、救急車が来るまでの間が長くて怖かった。気づいたら隣に仁王がいてさ、そんな顔すんな、って言われたけど、だめだった。
あ、幸村が部長で真田が副部長。そう、真田幸村なの、強そうだろ。実際強いぜぃ、全国一の学校のトップなんだから。テニスだけじゃなくて、なんていうのかな、心も強いっていうか……真田は頭かたくて何かにつけて怒鳴るうぜーやつだけど、テニスではかなわないし、今も幸村くんが入院してる間部活を支えてるしすげーよ。なんか武士って感じ、わかる?なんか言葉遣いもかたいしよ。幸村くんは物腰も柔らかくてさ、真田は迫力で物言うとこあるけど幸村くんは説得力あって、なんでも納得できる。
……救急車が来たときもさ、真田と柳がさっと乗っていった。他のやつらは一旦帰ることになったけど、俺は動けなくてさ。何もできない自分が情けなかったし、まだ状況も理解しきれてなかったし。昔からハプニング弱くて。帰るぞって言ってくれたのが仁王で、何でかなと思ったら俺、仁王の腕掴んでたんだ。慌てて離したらすぐに手を掴まれて引っ張っていかれてさ、後から思えば救急車がきたときの野次馬の視線が集まってたからだと思うんだけど俺は更にパニックになっちゃって、結局黙って歩いた。ときどき仁王を見たけど後ろ姿は全然こっちを振り返らなかったよ。
俺が黙り込んでるせいか、途中で仁王が、「大丈夫」って言ってくれて、それで泣いちゃってさ、もうかっこ悪いし情けないし、最悪だった。泣きながら、好きな男に手を引かれてて、幸村くんがどうなのかもわかんないしさ。仁王が俺んちまで連れてってくれるから、マジ消えたかった。また明日な、って言われたのがすげー嬉しかったよ。幸村くんが倒れたのも夢かと思ったぐらい。でも実際は夢じゃなかったし、次の日からも仁王はやっぱり俺と距離を置いてた。お礼も言わないままなんだ。今更言えないしな。でも、言ったっけ?今年仁王と同じクラスになったんだ。1年のときは一緒だったけど、3年でまた一緒になるなんて思ってなかった。クラス分け見たときは複雑だったよ。1年間どうすればいいんだろう、って。でも仁王が笑って話しかけてきてくれて、俺も気づいたら仁王と普通に話せるようになってきた。だから今はさ、ちゃんと友達としてつき合えてるんだぜぃ。……でも、ときどきさみしくなるけどな。さみしいってのも変かな、切ないっていうのかな、こういうの。だってどんなに仲良くなっても、俺はあいつの彼女にはなれないんだぜ。話せば話すほど、どんどん好きになるのに。
来週?あ、あのさー、大会始まってくるからもしかしたらしばらく来れないかも。うん、厳しいってのもあるけど……俺学校の帰りに来てるから。大会前ってなんとなくだけど抜けづらいんだ。部活終わってから、時間とってるわけじゃないけど着替えながらミーティングしたりして。うん、来れたら来る。
久しぶりー。え?マジ?俺も一皮むけたからねー。大会はさ、準優勝だったんだ。全国で一番強いと思ってた幸村くんが、相手校の1年に負けた。確かに悔しいんだけど変にすっきりしちゃった。すっきりできてないのは赤也でさ、すげー生意気な後輩がいんだけど、負けたときのあいつの泣きっぷりがすごかった。レギュラーの中でひとりだけ2年だったから、まあみんなで可愛がってたけど。あいつが泣くせいでただでさえ涙もろいのにジャッカルがもらい泣きするからさー、俺も泣いたりさ、したよ。幸村くん、手術からのリハビリずっと見てたし、言葉にはできないけど、勝ってほしかったな。来年は赤也が王座を取り返してくれるはずだけどな!
あのさ、俺、ここに来るの今日で最後にする。うん、もう大丈夫だよ。あのさ、俺今日仁王に告白したんだ。そんな顔すんなよ、俺は平気だから。仁王が、友達でいてくれるって。明日会ったらどうなってるかわかんないけど、でも俺は仁王がそう言ってくれただけでいいんだ。言わなかった方がよかったのかもしれないけど、さ。でも、俺も前に進みたくなったんだ。うだうだ言ってたってなんも変わんねーじゃん、な。……だから、ちょっとだけここで泣いていい?
覚悟してたはずなのにどうしてこんなに悲しいんだろう。仁王、まだ彼女とつき合ってんだぜ。1年のときから、ずっと。俺が入り込めるわけがないし、そうでなくたって望みがなかった。知ってた結末なのに、なんで仁王に聞かされるだけでこんなにつらいんだと思う?俺、期待してたのかな。もしかしてなんて、どこかで思ってたのかな。そうだとしたら俺はもう恋ができないかもしれない。俺は泣きたくないんだよ、それでも涙が止まらない。
仁王は俺のこと嫌になってないかな、気持ち悪いって思われたかな。後悔してる、言って後悔してる。だって言わなければ俺はただの友達でいられたんだぜ、それ以上になれないのに、わかってたのに、なんでわざわざ落ちるようなこと言っちゃったんだろう。仁王に嫌われるのは、やだ……!……だからここにはもう来ない。ここでは仁王のことしか考えなかったから。忘れられるとは思えないけど、俺は仁王のただの友達になりたい。今からはそうするしかない。……俺が女だったら、仁王の彼女になれたかな。確率は、あったよな。何言ったってしょうがないけど、……俺だって、仁王に好きだって言われたかったよ!でも俺が、好きになってもらえるように何ができる!?俺が媚び売ったって気持ち悪いだけだろ、どうすれば仁王に好きだって言ってもらえるんだよ!
──うん、もう来ない。お前は俺を見てどう思う?……ありがとう、最後までごめんな。大丈夫。もう、秘密じゃなくなっちまったしな。もっと強くなりたいんだ。そのときにまたお礼に来るよ。うん、じゃあな。
080926