天の神様の言うとおり 3
朝起きると散々泣いたせいでまぶたは腫れていた。ついでに部屋の中は空き巣でも入ったように乱れている。幼い頃泣き叫んだときも部屋をかき回していた。昨夜泣きながら力が暴走していたことを知っている丸井は溜息をつき、動くのも億劫で力を使いながら部屋を片づけていく。こんな力ほしくないのに。
本棚から落ちていた本を戻すと隣の本が落ちてきて、気を止めずにそれも戻すとまた別の本が落ちた。はた、と時が止まった気がした丸井をからかうように、落ちるはずのない本が続いて落ちる。慌ててベッドを飛び出し、それらをかき集めて自分の手で棚に押し込んだ。――まだ、余韻が残っている。今日は気をつけて生活した方がいいだろう。どうして自分が泣いていたのかを思い出すと制服のかかったハンガーが落ちた。それを拾い上げて、奥歯を噛む。――俺は丸井ブン太だ。こんなことで。今までひとりでやってきただろ、と言い聞かせる。相談できる相手もいない中、自分を律して力をコントロールしてきた。これからだってそうだ。仁王がただのクラスメイトだった頃まで戻るだけ。
深呼吸をして気を落ち着け、窓を見る。カーテンが開いて朝日が部屋に差し込んだ。――大丈夫。自分はまた強くなったのだ。階下から母親が長男を呼ぶ声がする。いつもより声が少し小さいのは、昨日荒れていたのを気にしてだろう。彼女を安心させなくては。明るく返事をして下りていく。今日もいつもと同じ朝だ。学校へ行っても力の暴走はなく、安心して授業に臨む。テニスに時間をかけてきた分、しなければならないことはたくさんあった。
――意識して視界から外す仁王の席。今日は挨拶もしていない。目を合わせるのを避ける猫のように、お互いに気づかないふりをしてすれ違う。どうしてこうなるのだろう、どうして仁王は丸井を信じてくれなかったのだろう。幸せだった時間が嘘のように、また悲しさがこみ上げる。恐る恐る、授業中に仁王の背中を盗み見た。もうあの隣に、自分の場所はない。そういえば、仁王はどうして自分が好きだったのだろう。こんな力を持つ自分とつき合ううちに、嫌いになったのかもしれない。悲しみがのしかかり、机の上に溜息を落とす。数学の問題を解き始めようとしたとき、机の端から消しゴムが飛んだ。つられて目で追うとそれは仁王の背中にぶつかり、それではっとする。今、何を?
振り返った仁王が後ろの席の生徒に落ちた消しゴムを教えられ、それを拾って体を起こした仁王と目が合った。咄嗟にそらしてしまう。――やばい。仁王が怒っている、気がする。考えてみれば恐ろしい状況で、もし仁王が丸井を嫌いになったのならばそれは、何でもできるということだ。丸井はこんな力を持っている、こんなことをするかもしれない、などと、仁王ならその口先でどんな噂も流せるだろう。丸井を孤立させることなど簡単なはずだ。
転がったシャーペンを慌てて押さえる。落ち着け、乱すな。血の気の引く感覚におびえながら、授業が終わるなり仁王から逃げた。保健室で早退届を作ってもらって学校を出る。家の近くまで帰ってくると足元の小石が跳ね上がって、自分の暴走に恐ろしくなって走って帰った。家に飛び込むと学校から連絡を受けた母もパートから戻っており、今にも泣きそうな丸井を抱きしめてくれる。
「どうしたの?」
「わかんない、わかんねえよ。俺どうなんの!?」靴箱の上で花瓶が割れて、丸井は体をかたくする。この人を傷つけたらどうしよう。部屋にいる、慌てて離れて自室へ逃げた。あまり遠くへは力は及ばないから、部屋にいれば大丈夫――であるはずだ。こんなことは今までになく、何が起こるかわからない。目の前をテニスボールや雑誌が飛んでいく。
「ブン太、何があったの?」
「わ……わかんない!テニスかもしんない、ほら、負けたし、すっげーまじめにやってたし、それかほら、押さえてたからかもしんない。ねえそっち大丈夫?何もない?」
「大丈夫。ブン太は?」
「だッ……大丈夫、物浮いたりしてるけど、多分疲れたら治まるから!母さん離れといてよ、一応。止まったら降りるから!」
「……わかった。何かあったら呼んでね」
「うん」今まで母親に隠し事をしたことがなかった。それでも仁王とつき合っているということはさすがにどう言えばいいかわからず、黙ったままだったが、それを話してしまえば丸井の暴走の理由は伝えられる。しかしもう終わってしまったことだ。
朝入れた本は棚からすべて落ち、宙を漂っている物もある。慎重にそれに集中して止めようとしてみても、他の物へ力が飛散して別の物も一緒に動いてしまった。動悸が早い。どうしたらいいのだろう。涙が溢れてしゃっくりが息をつめる。――始めから、仁王に期待しなければよかったのか?今となっては楽しかった時間の記憶は丸井を責めるばかりだ。テニスボールが電気のかさにぶつかって大きく揺れる。自分の力に怯えながらベッドの上で小さくなった。このまま暴走が治まらなければ丸井はどうなるのだろう。怖い。仁王に会いたい。きっと仁王なら、こんな状況も笑って楽しんでくれるはずだ。――それが丸井の希望だった。首を振って思考を振り払い、落ち着こうと息を整える。それでも浮かぶのは、こんな自分を肯定してくれた仁王のことばかりだ。
ノックの音に肩を震わせ、何も返さないうちに母親が入ってくる。なんで、と聞くと笑って肩をすくめた。「ブン太のそばが一番安全みたい」
「! ごめん、大丈夫?」
「私はね」飛んできた本を受け止めて机に置き、そばへきて母親は丸井を抱きしめる。ひくっとのどが鳴った。
「……あのね、母さん」
「何?」
「俺、前に仁王にばれたんだ。でも仁王はわかってくれて、誰にも言わなかったし」
「……そう」
「でも、こないだの試合で仁王が俺を疑って、力を使ったんじゃないかって。ねえ、なんで俺が練習してたの知ってんのに疑うの?信じてもらえねえの?」
「それでこうなったの」
「なんで?俺がテニスでは使わないって知ってるのに、俺そんなことして勝ちたくねえよ……」
「……仁王くんの考え方が、ブン太と合わなかっただけ。全部理解しあえるなんて簡単にできることじゃないんだから。でもどんな理由であれ、戴せるな人に疑われるのはつらいわね。……私も昔、お父さんに疑われたわよ」
「え?」頭を撫でてくれる母親は手を止めて、顔を上げたブン太を見て思案した。しかし笑い飛ばすように口を開く。
「ブン太がその力持ってるってわかったとき。誰の子生んだんだよ、なんて」
「えっ」
「あなたはお父さんと私の子よ。まったく、初めてあの人殴ったわ。グーで」
「グーで……」
「……男の人ってばかなのよ。多分仁王くんも、ブン太もね。……でもブン太にとっては、仁王くんが初めて自分の秘密を話した人だもんね、親友になれたかもしれないのに」
「親友?俺に?」
「だって何でも言える人だったんでしょ」
「……あ……うん」少し落ち着いたからか驚きのせいか、漂っていた物たちは床へ落ちていく。――親友、という言葉に引っかかるのはどうしてだろう。確かに親友と呼べる友人がいたことはない。自分が一線引いてしまい、相手がそう言ってくれたとしても、秘密を抱えた自分は同じように返すことはできなかったのだ。丸井の様子を見ていた母親が安心したように息を吐き、幼い弟にするように息子の額にキスを落として立ち上がる。
「お勉強でもしておきなさい。そうしてれば落ち着くわ」
「……はは、そうする」笑って部屋から出て行く母に笑い返し、床に転がったテニスボールを見る。ずっと一緒にいたジャッカルも、親友と呼ぶことができなかった。この力のことを話してしまえば、親友と呼べるのだろうか。しかし仁王の態度を思い出すとそれはできない。あのお人よしが丸井を中傷するとは思えないが、――きっとジャッカルにしてみれば、裏切りだ。親友と信じていた友人が自分を信じてくれず、ずっと自分に隠し事をしていたなどと。罪悪感に襲われる。こんな力がなければいいのにと、今までこんなにも強く思ったことはない。
仁王とちゃんと話をしようと思い立ち、いつのまにかもう夕方になっていることに気がついた。仁王の感情はどうあれ、確認しておかなければ丸井は前に進めない。――もう別れたことになっているのか、もう丸井のことは好きではないのか。携帯を手に取り、深呼吸をしてから仁王に電話をかける。うるさい胸を押さえて待つと思ったよりも早く呼び出し音は途切れ、もしもし、と仁王の声がした。
「もっ、……もしもし、仁王?」
『俺の携帯じゃけん』
「だ、だよな。あの、」
『消しゴム』
「え?」たった一言なのにひどく冷たい声に驚いて、理解できずにしばらく何のことかわからなかった。電話越しに溜息が聞こえた気がして緊張が増す。
『ブン太の?』
「……うん、あれは……ちょっと」
『ふーん……』
「あっ……ごめん!あれはそんなつもりじゃなくて」
『どうでもええわ。じゃあな』
「仁王ッ」ふつりと一方的に途切れた通話に愕然とする。もう、好きだとか嫌いだとか、そんな話ではないのだということはわかった。乱れる心拍を押さえて、手からすり抜けて飛び出した携帯をぼんやり目で追う。きっともう丸井に関わりたくないのだろう。震える息を吐き出した。――せっかく暴走が落ち着いていたのに。
*
今日は学校を休んだ。というよりも、母親が起こさなかったという方が正しいのだろう。布団の中でまどろんでいると腹が鳴り、時間を見るとすでに2時を回っていた。一体何時間寝たのだろう。泣き疲れて腫れたまぶたを手のひらで覆い、溜息をつく。とにかく何か食べなければ、体も頭も回らない。
家の中は丸井だけで、ついでに食料もほとんどなかった。台所のテーブルにあったバナナをかじりながら冷蔵庫などを覗いてみて、結局具もないままインスタントラーメンを作る。少し物足りない食事では気分が満たされず、器を洗いながらぼんやりと思考した。もう仁王のことは考えても仕方ない。開き直って、ひとりで前に進むしかない。仁王と別れても、これからもこの力とはつき合っていかなければならないのだ。寝起きでジャージのままだったが着替えるのも億劫で、財布だけ掴んで家を出る。自転車にまたがってコンビニへ向かった。何か甘いものが食べたい。ふらふらと自転車を走らせる途中、近くの公立中学の生徒とすれ違って今日が平日だったと思い出す。もう少し早い時間なら私服でうろつく丸井は目立っていたかもしれない。中学へ入ってからこんな時間に下校したことはなかったので、これほど中学生が通る道だとは知らなかった。
テニス部の帰宅は立海のどの部より遅く、3年にもなれば片づけは後輩がやるので少しは早くなるかと思ったがそんなことはなかった。いつまでも残って、テニスをしていた。あんな時間は高校へ入ってからも続くのだろうか。引退したこれから、少しずつ生活が変わったことを意識していくのだろう。コンビニの手前で知った声が聞こえて自転車を止める。ブレーキ音にも気を止めずに話をしている後ろ姿は、見間違えるはずもない、仁王だった。一緒にいるのはクラスメイトだ。コンビニの前でたむろして、ふざけあって笑っている。そこに自分がいることができないことが悲しくて顔をしかめる。気づいてほしい。気づいてほしくない。
コンビニに近づけず、どうしようか考えていると自転車のベルが鳴った。びくりと体を震わせてまたがったままの自転車を見下ろす。――やばい、また始まった。思ったそばでコンビニ前に止まっていた別の自転車が倒れ、そばにいた仁王たちが驚いて自転車を見た。目の端に止まったのか、仁王の顔がこっちへ向く。丸井を見つけるなりあからさまに動揺した仁王の表情に悲しくなり、ぐっとブレーキを握る。足元の小石が跳ね上がって丸井の頬をかすめた。今までと違う暴走に焦り、慌てて自転車の向きを変えてその場から逃げ出す。今までどんなにコントロールが乱れても、少なくとも自分だけは安全だった。痛む頬を意識しながらがむしゃらに自転車をこいでいく。できるだけ人のいない、物の少ない方へ。
近くの海水浴場へついた頃にはいつの間にかむき出しの腕にいくつか傷がついていて、自転車を捨てて砂浜を走った。時期の過ぎた海水浴場に人はいない。ジュースの空き缶に頭を殴られて、思いがけない攻撃にうろたえてつまづいた。湿った砂に座り込むと貝殻の破片に叩かれる。ざわめく砂に焦って海まで走り、水の中へ入った。乾いたのどから空気を吐きだすと痛い。むせ返って体を落とす。流石に水は大人しく、息を整えながら頭を冷やしていく。痛いほど胸を叩く心臓を手で押さえて、ゆっくりと息を吐いた。海水が小さな傷に染みるが、それどころではなかった。自分の周りの波紋をじっと眺め、全身が脈打つ感覚をただ受け入れる。走ってくる途中に誰かを傷つけはしなかっただろうか。荒い息に合わせて波紋は広がり、弱い波は丸井にぶつかって砕けていく。水は少し冷たい。腰から下はたっぷりと海水を吸って体は冷えていく。「――ブン太」
どれぐらいそうしていたのかわからない。仁王の声にびくりと体を震わせ、いつの間にか溜まっていた涙が海に落ちた。今まで大人しく足を舐めていた海が胸まで水を跳ね上げる。
「ブン太、おいで。風邪ひくよ」
優しい声は幻聴だろうか、夢だろうか。緩く首を振ると溜息が聞こえる。どうして追いかけてきたのだろう。丸井を追い詰めたいのだろうか。もうそんなことどうでもいい。――この力が暴走し続けるのなら、丸井が今一番怖いのは自分自身だ。傷は赤く腫れている。この力が他の誰かを傷つけることがあれば、もう立ち直ることはできない。自分はこの力に殺されるのではないだろうか。自分がこんなにネガティブなのも暴走しているのも、全部仁王のせいだ。今更優しくされたところでどうにかなるものでもない。――違う。きっと、自分が欲張りだったせいだ。力は強大なくせに弱かったせいだ、強くなろうとしなかったせいだ。
「ブン太」
「ッ!」濡れるのも構わず水に入ってきた仁王に腕を掴まれ、強引に海から引き上げられる。ぱっと仁王を見ると丸井が泣いているのは予想通りだったからなのか、困ったような顔をしていた。見たことのない表情だ。
「……泣かんでよ」
「……お前は関係ないから、ほっとけよ」
「そんなこと言わんとって。――謝らせて。ブン太の気の済むようにしたらええ」
「違う、そうじゃない。もういいんだ」
「俺はよくないよ、ブン太。……俺が悪かったってわかっとる。あんなん八つ当たりじゃ、負けたんは俺やのに。俺はほんまは勝って、ブン太と笑いたかったのに泣かせて……」
「仁王、痛い」
「あ、すまん。――これ、どうしたん?」手を離した仁王は初めて腕の傷に気づき、情けない顔をする。俺もお前にそんな顔はさせたくないよ、だから気にするなよ、関係ないから。頭の中で言葉はこんなにスムーズなのに、口を通して出て行かない。それが無意味だと知っているからなのか、それとも疲労が邪魔しているだけなのか。
「ブン太、俺が悪かった。許して。――お前が好きなんじゃ」
「……仁王」緩んだ涙腺から涙がこぼれて、それを見て顔を歪めた仁王に抱きしめられる。強い力はあたたかい。心は驚くほど穏やかなのに、足元の水は執拗に丸井たちに絡んでくる。こんなに落ち着いていてもコントロールができない。
丸井が苦しんでいた間、仁王も悩んでいたのだろうか。仁王の気持ちなんて考えなかった自分に気づき、結局自分勝手なのだと結論を出す。すぐそこにいる仁王を抱きしめてやれないのは、全部自分のせいだ。「……ブン太、何か言って」
「仁王」少し力を緩めてまっすぐ丸井を見る目を見つめ返す。何か言いかけた唇がそのまま丸井の口を塞いだ。一瞬の口づけに更に涙があふれ、もう一度キスをしようとした仁王を押し返す。
「ごめん」
「……もう、俺のことなんか嫌いか」
「違うんだ。ごめん。……ほんとにごめん。俺、ずっとお前を利用してただけだったんだ」仁王の顔が見れずにうつむいた。シャツの方で涙を拭いて、震える声を抑えて言葉を捜す。――気づかないふりを続けていれば、仁王のそばにいられるのに。
「俺も仁王のことは好きだ。ちゃんと話聞いてくれるし、楽しいし。でも違うんだ。俺はずっと、友達がほしかったんだよ」
「……友達?」
「何でも言えて、俺の力のことも相談できるような、――友達がほしかっただけなんだ。始めは恋だと思ってた。でもやっぱり違うんだよ、俺にはキスの意味がわかんねえんだもん」
「じゃあ嫌やったん?」
「嫌じゃなかった。でもどきどきしたのは、罪悪感があったから。――力のこと受け入れてくれるやつがいて、舞い上がってただけなんだ」
「……そう、か」
「もしかしたらこれが俺の恋なのかもしれないけど、お前は違うだろ。――キスとかセックスとか、したいんだろ。だったら俺はそれにつき合えない」傷ついた仁王の表情に後悔もした。それでも、騙し続けることはできない。仁王は正面から向き合ってくれたのだ。
「――じゃあ、ほんまにおしまいってことじゃな」
「……うん」
「言っとくがお前の親友にもなってやれん」
「わかってる」
「……うん」
「楽しかったよ」笑えた。思った瞬間に仁王の目から涙がこぼれ、うつむいた頭を抱きしめてやる。本当は慰めるのは丸井の役目ではないとわかっていたが、最後に親友らしい真似をしたかった。潮風に体を冷やされ身震いしながら、声を殺して泣く仁王の背中をさする。ほしいものはどうして簡単に手に入らないのだろう。こんな力はいらないから、仁王の涙を止めてやれる力があればよかったのに。
*
風邪うつるぞ、と言おうとした瞬間に仁王がくしゃみをした。もう手遅れだと笑って仁王はベッドに腰を下ろす。お土産、と渡されたコンビニの袋の中にはアイスが入っていて、体を起こしてそれを手にした。
あの日、家に帰ると熱があった。あれだけ体が冷やされれば当然かもしれない。心配していた母親にこってり絞られながらも、一度自覚すると体はつらいばかりで、結局早めに切り上げられてベッドに拘束されていた。「ブン太の熱は?」
「下がったよ」
「ならええわ。海なんか入るからじゃ」
「お前もな」仁王が見舞いに来た、と聞いたときは緊張したが、会ってみると普通に会話ができる。口にはしないが仁王に感謝して、肩の力を抜いた。本当に、よくできた友人だ。
「あのさ、一応言っとこうかと思って」
「ん?」
「俺、力使えなくなったみたいなんだ。もともと風邪とかひくとコントロール悪くなるんだけど、今は何もなくて。なんとなく、もう俺には力がなくなった感じがする」
「……そっか。面白かったのにのう」
「まあ便利だったけどな。――俺、昔いじめられっこだったんだよ」無力な両手を見下ろした。アイスを食べるだけで今は精一杯のこの手で、この先何ができるのだろう。
「力のことがばれるの怖くて人を避けてたら暗いやつって思われて。でもジャッカルが転校してきたときターゲットがあいつに代わってさ。そしたらなんか、守ってやんなきゃって思って――俺ずっと、強がってきたんだろうな」
「――知っとる」
「え?」
「ときどき泣きそうな顔するくせに、誰にもそんな顔見せんと意地張って、ばかなやつって思っとったんよ、肩張ったって疲れるだけやのに」
「好き勝手言いやがって」
「俺が守ってやれると思ったわけじゃないけど、せめてそばにいてやりたくて――まあエロい体しとるなあとは思っとったけど」
「……」アイスを一度手放して肩まで布団を引き上げる。丸井の視線に仁王はけらけら笑った。
「ばかみたいやね。守るもんなんて、なんもなかったのに。そういや、できたよ」
仁王が床から拾い上げたのは荷物と一緒に置いていたスケッチブックだ。開かれたページに描かれているのはいつか見たことあるような丸井の姿で、以前描きかけていたものとは別のものだった。できたら見せろと無理やりさせた約束なんて、忘れられていると思っていた。
「……俺も選択後期は家庭にしよう。したいことの方が楽しいよな」
「これはあげる。泣きながら描いたんやから、大事にしてな」
「恨みこもってそうでこええよ」
「こもっとるよ」
「……俺も恋、したいなあ」
「ここにいい男があまっとるのに」
「……ばか」ふ、と息を漏らして笑い合う。仁王が心から笑えているかどうかまではわからない。
「好きにさせてみろよ」
「……は?」
「俺自分のことしか考えてなかったから、よく考えたら仁王のことなんも知らないんだ」
「……ずるいね、ブン太は」明日には仁王を好きになっているかもしれない。キスをしてこようとした仁王の唇にアイスを押しつけた。
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