※えろっぽいのあります
蓼食う虫も好きずき 3
「何作ってんの」
「ガトーショコラ」オーブンを前にココアをすする丸井に近づいていく。袖をまくった腕は確かに男のものであるたくましさだというのに、その手から生み出される料理の繊細さはもう十分知っている。飲む?と首を傾げられてその手のマグカップを奪った。丸井は溜息をついて粉末ココアの袋を手に取る。甘ったるいココアを口の中で転がして、オーブンを覗く丸井を見た。ポットのお湯で粉を溶かし、牛乳を注ぐ手つきは慣れたものだ。ともすればここが幸村のうちだということを忘れてしまいそうになる。最近では3人で過ごすことが妙に多くなり、でこぼこコンビは更に異質になっている。
仁王が何も喋らないせいか丸井はそわそわしていて、ココアはひと口飲んだだけで手放し食器を洗い出した。その背中にはりつくように体を寄せるとぴくりと体がこわばる。「俺のこと、好きなん?」
「……うん」学校指定のセーターは太陽のにおいがする。それに混じる甘いココア。
大切な言葉をきいた気がして、五感を澄ませて余韻に浸った。シンクを叩く水と丸井が磨くグラスの音、キッチンに漂う焼き菓子のにおい。生きた背中から伝わる振動は自分の心拍と混じり、心地よさに思ったままを言葉に乗せる。「キスでもする?」
「……しねえよ」
「あっそ」マグカップを手にキッチンを出た。自分の部屋で電話をしていた幸村もちょうどおりてくる。
「仁王、テニスしに行こう。真田コーチ来てるんだって」
「……ほんま?」
「赤也が今いるんだって。行こうよ。ブン太はほっといていいからさ」
「お前なあ、誰のためのガトーショコラだよ」
「俺のためだろ?愛してるよブン太、仁王の次にね。焼けたら持ってきて」
「はいはい」行こう、と幸村に手を取られて慌ててテニスバッグを掴む。学校のテニス部にも入っておらず、まだブランクを取り戻せていないのでスクールには行っていなかった。
──緊張する。髪は乱れてないだろうか。アイラインは落ちていないだろうか。いや、そんなことよりも、平静でいられるだろうか。
コートで試合をしている後輩に幸村が声をかけた瞬間、油断した彼にテニスボールが直撃する。わざとやったかのようなタイミングだ。試合の相手をしていた男がこっちに近づいてくる。──テニス一筋だったあの頃、ただひとり恋をした相手。「仁王、久しぶりだな」
「真田コーチも、相変わらずの老け顔で」
「……お前のその口も相変わらずだな」笑えている。そのことに安心して、しかしテニスバッグを握った手はかたく力を込めた。
中学のとき好きだった男。仁王たちが中学を卒業する頃に結婚した。仁王も知るその結婚相手は美しく、テニススクールに通うものの憧れる存在でもあった。あんなにわかりやすい敗北。「幸村ぁ〜」
丸井の声に振り返る。自転車で追ってきたから早かったのだろう。かわいいペットにお座りをさせていた幸村が丸井に近寄り、彼女を慕う男の姿に呆れながら箱を渡していた。さっき焼いていたものはあれだろう。そうか、もうすぐバレンタインだ。
「……真田コーチ、奥さんは元気?」
「ああ、順調だ。春には生まれる」
「そっか。男やといいのう」
「なぜだ」
「女の子は父親に似るっていうじゃろ」からかうと言葉につまり、しかしそれはそうだな、と額面通り受け取られて吹き出してしまった。この堅苦しいだけの男を、自分以外にも愛した人がいた。気難しい男に愛をささやかせることができた彼女は幸せ者だ。自分にはできなかった。思いを告げることさえも。
丸井のそばに見慣れない制服の女子が近づいていくのに気づき、目をこらす。ブレザーの上からでもわかる体の曲線と、彼女と親しげに話す丸井を見比べて幸村に近づいた。
「あのむちむちぷりん誰?」
「ああ、中学の後輩。柳生も来てたんだ」
「ふーん……」ああいうのがいいわけか。ラケットを取り出して丸井に近づいていく。
「な、勝負せん?」
「は?」
「俺が勝ったらひとつ言うこと聞け。もちろん、丸井が勝ったら何でも聞いちゃる」
「……手加減しねえぞ」
「余裕ふかして泣きみんなよ」
「……やってやろうじゃねえの」
*
「……え?」
「だから、しゅうりょ〜う!仁王の勝ち!」口笛を鳴らして丸井にVサインを向ける。審判をしていた幸村が楽しげに拍手をした。丸井はまだ呆けたまま、大きな口を開けて仁王を見ている。近づいていってみるとはっとして背筋を伸ばした。
「えーっ!?俺これでも全国区だぜ!?」
「人の話ちゃんと聞いとった?幸村とダブルスやったこともあるってゆうたじゃろ」
「……あ……」それはつまり、幸村の隣に立てる実力があるということだ。我の強い二人ではあまり息のあったダブルスとはいかなかったがそこまで説明しなくともいいだろう。さすがにブランクを埋めるのに苦戦はしたが、舐めてかかっていた丸井相手には通用するレベルだとわかった。悔しげに表情を歪めて、丸井は顔を覆って溜息をつく。
「……何すりゃいいんだ」
「いさぎよいのう」
「約束だろ」にこりと笑ってそっと耳に口を寄せる。ささやいた言葉を理解した瞬間丸井が顔を上げて仁王を見たが、その顔が赤くなっていて思わず吹き出した。途端に慌てた様子でコートを飛び出していく後ろ姿をけらけら笑ってやる。幸村が丸井を目で追いながら近づいてきた。
「何て言ったの?」
「『彼女にして』」
「あはっ!お互い男の趣味は悪いねえ」
「幸村よりましじゃろ」丸井を追いかけて走り出す。夜遊びをしていた頃より体は軽い。駐輪場で追いついて、背後から飛びつく勢いで腕を取った。
「送って」
「……そっちが命令?」
「彼女送るぐらいしんしゃい」
「……この尻軽」
「おっま……サイッテー!好きな女に何言っとるんじゃ!」
「からかうなら他当たれ」仁王の腕を振り払って自転車のロックを外しにかかる背中をにらみつける。確かに胸もないし体も細い。丸井の好みの体型ではないということは嫌というほど知っている。それでもしつこく袖を掴まえれば、まだ赤い顔を仁王へ向けた。
「……からかうなよ」
「からかっとらんよ」
「屈辱……」
「もっと喜んだらどうなんじゃ」
「……帰るぞ」隣に並んで歩き出す。くだらない夜遊びもつまらない駆け引きももう終わりだ。この男が自分をもてあそぶはずがないと確信している。
「今日、うち誰もおらんのじゃけど」
「ふーん?飯作ってやろうか?」
「……お前さんはどうして色気より食い気なんかのう……」これじゃああの柳生という彼女の態度でその気持ちがわからないのもよくわかる。同じ女として気の毒にもなるが、自分の武器を使わなかった彼女の負けだ。両手は頑なに自転車のハンドルを握る丸井の手にあきれて、ブレザーからはみ出したセーターの裾を掴んで歩いた。
*
「だぁっ……だ、だから、お前はもうちょっと自分の体を大事にしろ!」
「お前が大事に扱ってくれりゃいい話じゃろ?」ベッドに突き飛ばしてそのまままたいで、女にここまでさせておいてまだ引き下がるか。精一杯しなを作って丸井に迫る。ブラウスのボタンを外して視線を誘うと案の定こっちを向いて、何だかんだうるさく言いながら結局好みより目の前の女がいいに決まってる。カーディガンもブラウスも一緒に脱ぎ捨てれば丸井ののどが上下するのがわかった。
「……すげーアバラ」
「他に言うことないん」
「えーと……まあ、思ってたより胸あるんじゃねえの」
「こっち向け」顔を引き寄せてそのまま唇を合わせた。触れるだけであとは唇を舐めて離れれば、丸井は硬直している。もう一押し、
「……ブン太」
「あっ……あ〜ッもう無理!白状する!」
「は?」
「俺したことねえの!彼女もいたことねえし、だからこういうのはもうちょっと」
「ほんまに?俺が初めての女なん?」
「そ……うだよ、悪いか」
「意外」
「丸井くんってお父さんみたい、って言われてみろ。告白できるか」
「あらら」
「だからもうちょっと手順を踏んで」
「じゃあ俺がこの童貞からイニシアチブを奪って好きにしてええってことやね?」
「な……なんでそうなるんだよ!ってこら!脱がすな!」ベルトを外そうとすると丸井の手に止められる。邪魔するものを自分の胸に押しつけてやるとまた動きが鈍った。小さいがないわけではないのだ。
「ブラ外して」
「ッ……」
「フロントホックじゃけん、前にあるんよ。俺が脱がすより早く外せたら、やめてやってもええ」
「……は……外せって……」うろたえている隙にさっさとベルトを外してしまう。ファスナーをおろしかけると焦ったのか胸元で手がもたついてくすぐったい。仁王はわざとゆっくり動いてやるが、丸井は結局目の前の鍵に苦戦していた。慣れない男が簡単に外せるものではない。
「……残念でした」
「あっ」下着に手をかけて熱いかたまりを取り出せば丸井は体を震わせ、手の中の質量が増す。それにどきりとして視線を落とし、仁王も少し焦った。
……でかい。遊ぶといっても手当たり次第男に抱かれていたわけではないが、幾人か知っていてもこのサイズは初めてだ。仁王の動揺を知ってか知らずか、丸井もここまで来ては引けなくなったらしい。自分もセーターを脱いで、熱っぽい視線で仁王を見つめてくる。「……何」
「……この童貞ちんこどうしてやろうか考えとったん。早く入れたい?舐めてやろうか?」
「女子がそういうこと口にすんな!……つうか軽く知恵の輪なんだけど、コレ外して」
「……調子乗るの早いわ」ぷちんとホックを外してやれば丸井の手がブラジャーを脱がせて、露わになった胸に手のひらが這う。──イニシアチブをとれそうにはないな、熱くなる体を持て余しながら、くすぐったさに身を震わせた。
090207