「今日もあっついな〜」
「もー部活行かんと、涼し〜い部屋で、テニスよりエロいことしません?」
「ちょ、直球すぎるやろ」

財前が自転車の後ろにまたがっていることなんていつものことなのに、とたんに意識してしまう。これから行く大会前の部活なんて一回ぐらい休んだっていいんじゃないかと思ってしまった。信号待ちで夏の日差しを受ける中、財前の腕がそっと腹に回る。

「けんやせぇんぱい、」
「あ……あかんあかんッ!もうすぐ全国や!」
「……おもんない理由」

ぱっと離れた体温に死ぬほど後悔しながらペダルを踏み直す。さっさと青にならへんかな、恨みを込めて信号機を睨めば待っていたかのように青に変わった。謙也が漕ぎだそうとしたとき、わずかに早く謙也を抜かして女子高生が自転車で走り抜ける。普段なら何気ない風景のはずだが、そうではなかったのは、視界に飛び込んだのが輝くようなピンク色だったからだ。あれはサテンか。
関西の女の子特有の長いスカートを風になびかせ、颯爽と走る後ろ姿は、目を引く鮮やかな下着が丸見えだった。以前クラスメイトとパンチラとパンモロの違いについて熱く語り合ったことを思い出し、あのとき彼がパンモロを散々否定した意味が少しわかった気がする。それでも悲しいかな目はそらさず、そんなことを思いながら少し遅れて信号を渡った。一瞬感じた違和感の理由に気づいたのは、信号を渡りきってからだった。自転車が、軽い。

「光?」

振り返ったそこ、自転車の荷台には誰もいなかった。

「……落っことした……?」

って、ンなアホな。

 

 

*

 

 

「ないわ」
「ほんっまないわ」
「ありえへん」
「サイテーや」
「死んだらええねん」
「もうあんな男と関わったらあかんで」
「自分らさっきからなんやねん!邪魔すんな!」

ユウジと小春に挟まれた財前はさっきから一度もこっちを見ない。かたくなに謙也から視線を外し、代わりに謙也を責めるのはお笑いコンビだ。納得がいかない。

「俺は光と話があるんですぅ!」
「うちの息子はアンタみたいなケダモノと話なんかしません!」
「だぁれが生んでん!」
「しっしっ、謙也のアホがうつる!」
「あ〜っもーなんやねん!こんなときばっか結託すんなや!」
「そこー、遊んどらんと集合しぃや〜」
「遊んでへんわ!」

謙也の話をハナから聞く気のない白石の号令に3人が従い、謙也も渋々集合する。
さっきまで自転車の荷台にいたはずの財前がいなくなり、しばらく辺りを探したが近くにはいなかった。また謙也の知らないところでミナミのディープな辺りともめ事でも起こして悪いお兄さんにさらわれたんじゃないだろうか、と一度思いつけばもうそれしか考えられず、こうしてはいられないと協力を仰ぎに部室へ走ればさっきの光景だ。自転車を離れた財前が一体どういう手段で謙也より早く部活に出ることができたのかとか、昨日財前はユウジと真剣に喧嘩していたのではなかったかとか、つっこみたい部分は多々ある。しかしそれ以上に、自分が責められている理由がわからない。

視線を感じて顔を上げれば、鋭い目つきの財前と目が合った。しかしすぐにそらされ、その露骨な態度に腹が立つ。自分が何をしたのかも教えられずに怒られるのは理不尽だ。白石が前で話している内容も耳に入らず、隣の千歳をつつく。

「なぁ、光が何で怒っとるかわかる?」
「ん〜?なんや……変態、ってゆうとったんは聞こえたばい」
「……いつも言われとってわからん」
「もっと誠実にならんといかんよ」
「あんま千歳に言われたくないんやけど」
「愛する女はひとりだけばい」
「俺かて光一筋やっちゅーねん」

小声で話をしてもやはり千歳相手では目立つのか、白石の鋭い視線が飛んでくる。

「そこの遅刻組ー、罰走してこーい」

ベンチから顧問が投げた言葉にふくれっ面を向けるが、遅刻したのは事実だ。財前を探していたせいだが、スピードスターが遅刻したとあってはプライドに関わる。どんなにギリギリでも遅刻はしたことがない。自らへの戒めも兼ねて、でかい図体を引っ張ってコートを出て行く。俺まだ話し中やねんけど、白石の不満げな声も軽くいなす顧問には助けられた気分だ。

「千歳は今日はなんで遅刻したん?」
「迷子になったばい」
「またか。自分難波から歩いてこようとするん諦めてやめぇや」
「電車しんどい」
「せやったら地図持って歩きや。白石に書いてもろた地図どないしてん」
「さあ……どげんしたかねー」

校門を出て走りながら、千歳はのんきに笑って首を傾げた。白石曰わくの完璧な俺マップも、千歳にはただの紙切れにしかならなかったようだ。方向音痴というより興味の引かれるままに歩くからそうなるのだろう。

「あ〜〜〜、光ぅ……」
「財前は気まぐれやけんむずかしかね」
「……別に光は気まぐれちゃうで、ちゃんと理由あることしかせんし。……理不尽なときはあるけど、光なりに理由はあんねん」
「ふうん……」
「俺何やらかしたんやろ〜…………はっ!?」
「なんか思いついたと?」
「……そんなにエロいことしたかったんか?」
「あー、俺でもそれは外れやってわかるばい」

 

 

*

 

 

「自分らほんっまに邪魔!」
「光に言いたいことがあるんやったらパパとママを通してもらおうか」
「うわうっざ、ユウジほんまにうざい」
「そっくり返すわ!」

帰りをチャンスと見て財前に話しかけようとした瞬間、間に小春とユウジが割り込んでくる。小春が財前を抱きしめて、その前に立ちはだかるユウジに苛立って地団太を踏んだ。おもしろいからと人の真剣な思いに水を差さないでほしい。

「……ほな、光に一緒に帰ろうって言って」
「一緒に帰ろう、やって」
「一緒に帰ろう、やって」
「……」

光はそこにおるのに。いっそ泣きたいような気持ちになりながら言えば、ユウジが振り返って小春に伝え、小春が財前にそっくり伝える。財前はちらと謙也を見た後黙って首を振り、小春がユウジに嫌やって、と簡潔に伝えた。ユウジが謙也を振り返り、なぜか偉そうにふんぞり返る。

「変態はハゲ散らかって死ね!やって」
「光何も言うてへんやろ!お前がハゲろ!」
「なんや怖いおっさんおるな〜、早よ帰ろか〜光〜」
「3人で甘いものでも食べに行きましょか」
「光!こいつらどうにかして!俺が何したん!?」

財前から返ってきたのは冷たい眼差しだけで、溜息をついて首を振られてしまう。そうかと思えば甘えるように小春の袖を引いて、小春とユウジが目を合わせた。元々財前はよく懐いているが、小春に嫉妬するのは初めてだ。ユウジがほんましょーもない男や!と謙也を見る。

「謙也、うちのかわいいかわいい光ちゃんをたぶらかしておきながら、よその女見てデレデレしよったらしいな」
「はぁ?どっちかっつーとたぶらかされたん俺やし、女にちょっかい出したりしとらんし」
「自分の胸に手を当ててよう考えんかい!朝女のパンチラ見て喜んどったんやろ!最低やな!」
「ぱっ……えっ、あれ!?俺あれで怒られてんの!?あれパンチラっつーかパンモロやん、なんやったら干してるパンツの方がエロいぐらいやったで!?」
「言い訳すんな!」
「もうええっスわ、所詮謙也先輩ってその程度の男ってことでしょ。俺もう一生結婚せんと、パパとママの面倒見ますわ」
「光〜!」

小春と財前が抱き合うのを見たユウジがぐっと拳を握った。お前やり切れや、思わず謙也まで冷静になってしまう。

「俺おっきくなったらママと結婚しますわ」
「あら〜光ちゃんったら!楽しみに待ってるわね」
「あかんあかん!ママはパパと結婚しとるからあかんでぇ!」
「パパより出世して奪い取ります」
「いやん!」
「あほ!小春は青学の柱ちゃうねんぞ!」
「マンガの話はええわ!光っ帰んで!」
「おひとりでどうぞ」
「もーほんまごめん!マジごめん!二度としません!」
「うわ、かっる〜。謙也先輩の俺への思いってそんなもんなんすねぇ、あーあぁ若い時間無駄に過ごしたわぁ」
「そんなん言わんといてぇなぁ」

あまりにも冷たい言葉にじわり、と涙が浮かぶ。それを見たお笑いコンビがぎょっとして、慌てて財前を見た。財前は腕を組んでわざとらしく溜息をつき、謙也の顔を覗き込む。

「まっすぐ帰るだけですか?」
「……夫婦善哉行く」
「……まっ、しゃーないから一緒に行ったりますわ。しゃーなしやで?」
「ありがとう光〜!」

思わず抱きしめたが抵抗はない。しばらくぎゅうぎゅうと財前を抱きしめているとそのうち押し返され、先に校門行っとって下さい、と荷物を持たされる。ほな待っとくわ、と部室を出る謙也を財前が笑顔で見送った。

 

「……財前えげつなぁ……」
「パパもママも、俺あの人んとこに嫁に行きますから覚悟しとって下さいね」
「覚悟すんのは謙也やろ」

 

 

090829