夜中のリビング、足下を見せる明かりはテレビのものだ。その前にうずくまる影に気づかれないよう、ブン太は足音を殺して近づいていく。真後ろに立ち、気配を悟られる前にヘッドホンを取り上げた。

「サンタさーん?」
「……ブンちゃんまだ起きとったん?」
「何をしてらっしゃるの?」
「ちゃんと作動するかどうかのチェック」
「没収!」
「あっ……!」

ブン太がゲーム本体の電源を切った瞬間、仁王がその場に崩れ落ちる。

「育っとったのに……!」
「ゲームキャラ育てんでいいから自分のガキの子育てしっかりしろ!」
「な〜、俺夜しかできんの、ちょっとやらせて!」
「百歩譲ってやるなとは言わん!ただコレはクリスマスプレゼントに買ったやつだろうが!なんでお前が先に使ってんだよ!」
「だってあいつらのもんになったら俺触らせてもらえんし」

拗ねる仁王の頭を叩き、ブン太は手早くゲームを片付ける。まだ跡の残るケーブルをその通りに巻いて箱をふさぎ、溜息をついた。さっさと包装してしまえばよかった。息子から隠すだけではなく、サンタクロースの目も盗まなくてはならないとは予想外だ。

「明日も早いんだからさっさと寝ろって」
「俺の楽しみやのに」
「いい年して子どもみたいなこと言うな!」
「俺はいつでも子ども心を忘れんの」
「バカなこと言ってんな」

 

 

*

 

 

「……浮かれとるねー麻理ちゃん」
「え〜っ、そんなことないですよぉ」
「ブラ紐がセクシーじゃ」
「……早く教えて下さい」

勝負服の肩を直す後輩が仁王を睨みつける。気合いを入れた化粧には見覚えがある。入社したばかりの頃、彼女はあんなメイクだった。自分が男として見られなくなったってことか、机に突っ伏して溜息をつく。いつからだろう、ブン太が仁王にクリスマスプレゼントを用意しなくなったのは。別に物がほしいわけではない。ただかまってほしいだけだ。子どもみたいだと自分でも思う。それでも、クリスマスのデートだからと鏡を見たり、ふたりで過ごすためのメニューを考えたりするブン太が恋しい。あのブン太は確かに仁王だけのものだ。結婚して6年、子どもも随分大きくなった。口も達者になり、家庭は賑やかだ。自分の子どもがかわいくないわけではないし、クリスマスに浮かれる姿は微笑ましい。それでも、それでも、だ。――誕生日のお祝いも息子と一緒くたにされてしまうのだ、クリスマスぐらいブン太が自分だけのために何かをしてくれてもいいんじゃないか、なんて。

「……麻理ちゃん、俺って魅力的?」
「あたし人の物には魅力感じないんです」
「あ、そう……社長は?」
「働いてくれる人にしか興味ない」

バン、と書類の束を頭に載せられ、わずかに視界に映っていた社長の姿が隠れる。再び溜息をつくと紙が震えた。

「わがままだなぁ仁王くんは」
「……俺だけのブン太が一番かわいいんじゃ」

書類を受け取って体を起こす。要するにさぁ、社長がにやにや笑って仁王を見た。

「欲求不満なんでしょ?」
「……仕事しま〜す」

これ以上は無駄に話のタネを与えるだけだ。休憩を終え、仕事に取りかかる。結局この仕事を最後にしてしまった。年賀はがきの束を見て、リストを見た。この住所を入力するのに何時間かかるのだろう。やる気なくキーボードを叩いていると、社長が隣に椅子を寄せてくる。

「そういう仁王くんはさ」
「何すか」
「いつまで独身男の気分なわけ?」
「ちゃんと立派な父親やってますよ」
「どうかなぁ。父親も旦那も、まだまだでしょ」
「独身女に言われても、アイテッ」
「あんたなんか旦那どころか彼氏としてもめんどくさいわ。奥さん大事にしなさいよ、逃げられたら絶対あとがないから」
「心配せんでも逃がさんよ」

 

 

*

 

 

ポストに年賀はがきを押し込んで、今年の仕事納めをする。個人経営の会社は世間ほどしっかりしておらず、明日は1日事務所の大掃除だ。 駅へと歩きながらショーウインドウに全身を映し、商品を見る振りをしながら自分を見る。我ながら子どもがいるとは思えない若さだ。最近のブン太はすっかり所帯じみて、いつどんなときだって魅力的なことに違いはないが、何をするにも自分が後回しだ。昔から弟の面倒を見ているとそのような節があったが、たまには自分を褒め称えるブン太が見たい。あの自信たっぷりな表情で笑われたい。

気づけばもうクリスマスイブだ。今日はごちそうだから早く帰れ、とブン太に言われている。

「……あ」

ふと目に入った腕時計に何となくブン太を連想し、そのまま店に入る。水仕事の多いブン太がたまにつける腕時計は学生の頃から使っている恐ろしく寿命の長い時計だ。気に入る物がないと言いながら電池を替えてごまかしながら使っている。こんなんあげたら嫌味かな、思いつつも店員を呼んだ。

家に帰ると双子が大はしゃぎで出迎えた。ご馳走で賑やかに飾られたテーブルを見るに、自分の帰りを待っていてくれたようだ。お帰り、と出迎えるブン太は少し疲れている。それもそうか、昼間にケーキを作り、子どもたちのリクエストに答えて手の込んだローストチキンを焼く。それがクリスマスのブン太のスケジュールだ。いくら作るのも食べるのも好きだとは言え、もう1人前を食べきる息子と合わせて4人分となると大変だろう。

「クラッカー!クラッカーしていい!?」
「クラッカー?」

荷物も下ろさない仁王にフミがまとわりつく。その手にあるのはパーティグッズだ。見るのは何年ぶりだろう。幸村が好きで、学生の頃は集まるたびに配られた。ブン太が苦笑しながら仁王にもひとつ、渡してくる。

「昨日の子ども会の余り」
「ああ……もしかして昨日もケーキ食べたんか?」
「食べたよー」
「うっわ、贅沢。母ちゃんみたいになっても知らんぞ」
「どういう意味だテメェ……」
「クリスマスに喧嘩すんなよー」

ブン太が生意気なハルからクラッカーを没収すると慌てて謝る。それを笑いながら荷物をその場に置いた。

「テーブルに向けんなよ」
「いい?せーのっ!」

双子の合図に紐を引く。空気を裂く破裂音にきつく目をつぶり、しかしすぐに顔を上げた双子は目を輝かせている。

「メリークリスマス!」
「メリークリスマス」

無邪気な笑顔を撫でてやり、舞い落ちた紙吹雪に少し顔をひきつらせながらブン太は双子をテーブルへ促す。お前もコート置いてこいよ、言われて荷物を持ち上げた。あの掃除をするのはブン太だろう。紙吹雪の予想以上の細かさにうんざりしているに違いない。 仁王が戻るのを待って食事は始まった。手抜きを知らないブン太の料理は完璧で、双子たちはケーキまで入るのかという量を平らげていく。もちろんきっちり食べきっていたが、仁王はケーキまでたどり着かなかった。

食べ物が絡むイベントは、ブン太がどんな幼少時代を過ごしたのか、聞かずともひと目でわかる。クリスマスが終われば大晦日と正月で、ブン太の手も口も休む暇がない。

「はー、つっかれた!この年になるとクリスマスってガキのもんだって実感するぜ」
「お疲れさん」
「……あ〜……まだサンタクロースが残ってた……明日はツリー片づけなきゃなんねぇし……」

ベッドに四肢を投げ出すブン太のそばに座り、頭を撫でてやる。後はお前に任せた、とその手にすり寄ってくる様は非常にかわいらしいが、そんな仕事はごめんだ。お休み、と流してさっさとベッドに潜り込む。

「……はぁ……まあ、雅治に父親業期待してないけどさ」
「知っとる」
「はいはい、いいですよ。ハルフミは俺が立派に育てるからさ。そんで将来ジジィになったとき、雅治はひとりで寂しく生きやがれ。俺は双子に面倒見てもらうけどな」
「俺は死ぬまでブンちゃんと一緒におるよ」
「ふん、やーなこった。ガキが手ェ離れたら、お前なんか捨ててやるよ」
「寂しいこと言うのぅ。ちゅーして、ちゅー。クリスマスプレゼント」
「え〜」

嫌そうな顔をしながらも腕が伸びて仁王の首に回る。柔らかい唇が触れて抱き寄せればブン太が身じろぎして、そのままキスを繰り返した。

「……ブン、来年には子ども部屋移動せん?」
「……あー……まあ、いつまでも隣ってのもな」
「声殺すブン太もそれはそれでええんじゃけど」
「ちょっと待て、しねーからな?あいつら多分まだ起きてる」
「……クリスマスプレゼントは?」
「ちゅーしてやったろ」
「ブン太って俺に冷たいよね」
「お前に言われたくねーんだよ」

 

 

*

 

 

「母ちゃん!サンタさんきた!サンタさん!」

まだ眠っていた両親を叩き起こし、双子がベッドの周りで暴れている。自分が寝る前にプレゼントを置きに行って正解だった。起こすときに置くつもりにしていたら、朝からプレゼントがないと大騒ぎだっただろう。結果的にうるさいことに違いはないが。

「あー……何もらったんだ?」
「開けてない!母ちゃんと開ける!」
「とーちゃん!とーちゃんも見て!」
「え〜……」

フミに執拗に揺さぶられ、隣の仁王も目をこすりながら頭を起こす。息子が抱えてきたプレゼントに苦笑して、ブン太と見て、と再び布団に潜ってしまった。

「でもねー、プレゼントひとつしかなかったんだよ」
「ふたりで使えるプレゼントってことだろ」
「えー!サンタさんケチだな〜」
「……そんなこというなら来年はプレゼントいりませんってサンタさんに言うぜ」
「うそ!今のはうそ!」

慌てる姿は微笑ましいが、しかしいつまでこれをすればいいのだろう。自分は幾つまでサンタクロースを信じていただろうか。苦心したラッピングは無情に破られ、中から現れたプレゼントに双子は更に興奮する。ずっと欲しがっていたテレビゲームだ。ソフトも合わせるとかなりの出費だ、ふたりでひとつで勘弁してほしい。ベッドの上で飛び跳ねるハルを支えて、これからゲームのことで怒らなきゃならないんだろうな、とうんざりする。先日のことも考えると、きっと3人叱ることになる。

「ゲームしていい!?」
「はぁ!?バカかお前ら、今日終業式だろ!帰ってからだ!」
「ちょっとだけ〜!」
「だめっ!さっさと支度してこい!」

双子の手からゲームを奪うと慌てて、絶対しないから、と片づけて運んでいく。溜息をついて、朝食の支度をしようと起きあがった頃目覚ましが鳴った。いつもより早起きをした双子のエネルギーは、いつまで保つだろう。振り返って目覚ましを止めた手が、そのまま硬直する。目覚まし時計の隣、ブン太の枕のそばにリボンのついた小箱がある。もちろん見覚えのないもので、動揺して視線を巡らせると、布団の中で丸くなっている仁王を見つけてはっとする。こいつだ。犯人は仁王しかいない。

「雅治!これ!」
「ん〜?ブン太にもサンタさん来たんやねえ」

布団を剥がすと顔を出した仁王はにやにやしている。どういうつもりなのかさっぱりわからないが、恐る恐る箱を開けた。どんなどっきりが待ちかまえているのかと警戒していたブン太の目に飛び込んだのは腕時計。ブン太の好みをよく知ったデザインに呆然としていると、仁王が笑いだす。

「なんも仕込んどらんよ」
「だって……」
「ブン太に似合うかなと思っただけ」

使ってな、笑う仁王を見ているとじわりと胸にこみ上げてくる感情がある。それがなんなのかわからないまま、プレゼントも手放して仁王に抱きついた。驚きながらも仁王は抱き止めて背を撫でてくれる。

「……喜んでくれたと思ってええの?」
「だって、お前ほんとに、子どもに構わねえし、俺にも構ってくんないし」
「あ〜……」
「……ずっとクリスマスにプレゼントなんかもらってないし……俺……もうほんとは雅治は俺のこと嫌なんじゃないかって……」
「まさか」
「ほんとに?」
「当たり前じゃ。ずっと前から、いつだってブン太が一番好き」
「ッ……」

自分を抱く仁王を抱き返す。苦しいと笑われるまでぎゅっとしがみついて、久しぶりにこうした気がした。

「かーちゃん、ご飯ー……あー、ラブラブしてるー」
「ほんとだー」

部屋に子どもが来て焦ったのはブン太だけで、離れようとしたのに仁王が放してくれない。バカ、罵倒する自分の声が甘えるようで、恥ずかしさに耳まで熱くなる。

「マサっ……」
「今日ふたりでデートせん?ハルフミは誰かに預けて」
「なんで……」
「クリスマスプレゼントに俺だけのブン太が見たい。かーちゃんじゃないブン太」
「そんな……勝手な……」
「約束せんと放さん」
「あ……あーもう!わかったよ!」

途端にぱっと仁王の手が離れ、怒りとも言い切れない感情の勢いに任せて体を起こす。ラブラブだー、冷やかす子どもに頭を抱え、追い払うように洗面所に追い立てて台所に逃げ込んだ。 ――せっかく母親をやりきろうとしていたのに。自分の性格上母親をやりながら恋人気分でいられないのはわかっていたから、仁王が物足りなく思っていたのも知っていた。それでも両立は諦めて、母親だけでも完璧にやろうと思ったのだ。それなのに。

(反則……かっこよすぎる……)

仁王のどんな態度も許してきたのは、結局好きだからだ。今更素直になれないが、好きで好きでたまらなくなるときもある。

「ブーン太」
「ッ!」

背後から抱きしめられてびくりとする。絡め取られた左手首に、そっと腕時計が巻かれた。

「仕事終わったら迎えにくるから、おしゃれして待っとってね」
「……なんか欲しいもんあったら買ってやるよ」
「デートで十分」
「ひっ」

一瞬首筋に吸いつかれ、振り払う前に仁王は台所を出て行った。ずるい。ずるい。

「俺ってだめな男が好きなのかな……」

もう7歳になった双子のために朝食の支度をしながら、緩む頬を引き締めた。

 

 

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