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「俺のー、大事なー、食料をー、食べたのはー、だーれーだー!」
「ぎゃっ!な、なんすか!?」

背後からぎゅっと首を掴まれ、切原は叫んで手を振り払う。髪を乱した丸井が切原を睨んだ。

「お前か!」
「何のことっすか!」
「俺の海老カツサンド!」
「知らねーっすよ!」
「さっきまであったのに!」
「つーかお前走る前にんなもん食う気だったのかよ……」

あきれるジャッカルを睨みつけ、丸井はお前か!と詰め寄るが、常に被害者であるジャッカルがそんな下剋上をするはすがない、足を踏み鳴らしてすねる丸井を気に留めず、部室では着替えが済んでいく。丸井も早く着替えろ、冷静な柳に目で訴えてもなくなったものが戻ってくるわけではない。

「もうだめだ……ジャッカル後は頼んだ」
「大袈裟なんだよお前は。また買ってこい」
「テメー海老カツだぞ!?ざけんなよ!」
「あー、海老カツサンド……今日は入手したんすね」
「必死だったんだぜー!?あーもう嫌、死ぬ、死んでやる!」
「安いな」

柳の一言に幸村が吹き出した。柳生もあきれて苦笑している。しかし丸井にとっては笑いごとではない。学食と並列された売店の海老カツサンドは一番人気で、昼休みが始まると同時に群がる生徒によって一瞬で四散してゆくのだ。昨日は一歩遅れて手放したそれを手に入れたというのに、トイレへ行った隙になくなっていてはどうしても腹の虫が治まらない。

「そういえば先ほど仁王くん来てませんでしたか?」
「忘れ物っつって出て行きましたよ」
「……仁王だ!」

しゃがみこんで嘆いていた丸井が立ち上がる。その瞬間に開いたドアから仁王がタイミングよく顔を出した。

「仁王!」
「何?」
「お前食ったろ!海老カツサンド!」
「あーうん、ブンちゃんのやろなあと思って、いただきました」
「ふざけんなー!」

掴みかかっていった丸井をやさしく抱きとめ、仁王は簡単に猪突を抑え込む。殴ってこようとする小手をつなぎとめ、腰を抱くように顔を寄せてささやいた。

「ごちそうさま」
「しね!返せ!倍返しだ!」
「まあそれはともかく、ブンちゃんちょっと聞いて」
「ともかくじゃねー!重要な問題……お前なんか甘い匂いがする」
「仁王、お前の足に蟻がたかっているぞ」
「げっ、払ったんに」

丸井を手放して仁王は足元を見下ろす。ドアの隙間から続く蟻の行列が仁王の足につながっており、靴に上ってきている。舌打ちをしながらそれを払う仁王に顔を寄せて、丸井は鼻を動かした。香水とは違う甘さの、それこそお菓子のような匂いがする。むらっと湧き上がるのは、おいしそう、という感情。飴でも踏んだのか、柳に聞かれて困った顔で頭をかく仁王の腕を掴み、丸井はその手を舐めた。ジャッカルが慌てて引き剥がしたが、丸井も仁王も妙な顔をしている。

「何してんだよお前!」
「甘い」
「は?」
「仁王が甘い」
「そうなんじゃ。もー朝から部屋に蟻がわいての、何かと思えば俺にたかっとるんじゃ」
「そんなばかなこと」
「舐めてみい」

仁王が柳に手を突き出すが流石に丸井のようにはいかずためらっている。寄ってきた柳生に腕を向けると匂いを嗅いで、確かに、と呟いた。

「そんなわけがなかろう」
「あのなー、誰が好き好んで蟻の行列引き連れて歩くかい。俺やってわけがわからん、困っとるんじゃ」
「手だけか?」
「いんや、確認しとらんが多分全身じゃろ。蟻がな」

そわそわしている丸井を柳が横目に見る。仁王と柳は目を合わせて、仁王が腕を差し出すと丸井はぴくんと背を伸ばした。指先を突きつけるとほとんど反射的に口を開けて、赤い舌が誘い込むように指先を含んだ。噛まれて慌てて引き抜くが、丸井はやっぱり甘い、と目を輝かせる。

「……食えはせんよ」

歯形を撫でて仁王は逃げた。ちょっと失礼、と幸村が仁王の腕を取り、少しだけ舐める。仁王を見て、柳を見てうなづいた。

「甘い」
「じゃろ?」
「本当にいたずらじゃないんだな?」
「なんなら足も舐めるか?」

しつこい蟻を見て柳は溜息をつく。近づいてきて鼻を鳴らす切原に指を出すが、彼は流石にためらった。事態が分かっているのかどうなのか、丸井がひとりで興奮している。

「呪いでもかけたのか?」
「お前何か悪いことでもしたの?」

柳の振りを流して幸村は仁王を見る。仁王は黙って肩をひそめて返すが、本人がわからないのであれば誰にもわからない。――体が甘くなるなんて。
ジャッカルが気づいて、時間、と言ったので我に返り、一同は部活の事を思い出す。真田はすでにグランドに出ているはずだ。今頃いらいらしているかもしれない。

「……とりあえず、体に支障はないんだな?」
「蟻と、……ブン太ぐらいかの、面倒は」
「よし、とにかく部活だ。弦一郎には言わなくていいだろう、仁王も早く着替えてこい」
「行くよ」

妙な顔をしたままの切原を引っ張り、幸村を先頭にレギュラー陣は部室を出ていく。ひとり残された仁王は溜息をつき、もう一度指先を舐めてみる。生クリームのようなこってりとした甘さではないが、何か特別なことをした覚えは全くなく、ただ日常生活を送っていただけだというのに。――悩みごとなど、ひとつで十分だったというのに。
着替えているとドアが開き、振り返ると丸井が忍び込むように――否、まさしく忍び込んできたのだろう。ぎらぎらした目にぞっとする。どこまで意地汚いのだろう。

「お前、何でそんなに甘いの」
「知らんわ」
「ずっと舐めてても甘いのかな」
「……確かめたい?」

丸井を引き寄せて顔に手を添え、驚いた表情を見なかったふりをして唇を塞ぐ。逃げようとした手も捕まえて、軽く唇を噛んでやると開いた隙間に舌を差し込んだ。抵抗はすぐになくなる。――恐らく口の中も甘いのだ。自分でははっきりとわからないが、甘いような気はしている。単純に甘さを求めて入ってきた舌をしたいままにさせながら時々絡めた。
もっと、とばかりに延ばされた手が仁王の首に回り、ぞくぞくっと背筋に走るのは、これは、快感だ。丸井と仁王の違いだろう、と冷静に考える。丸井の食欲を今利用しているのだ。ずっとほしかったものが、今簡単に手の中にある。強く抱きしめてしまいそうになるのをこらえながら、時々呼吸の合間に漏れる声が聴覚を襲った。やばい、これは。上を向かせた丸井に唾液を流し込む。のどに触れると確かに飲み込んで、その瞬間衝動が走り残った理性で丸井を引き剥がした。

「あ」

名残惜しげに濡れた唇を舐めた丸井から一歩引いた。これは危ない、頭の中で警告が鳴るがそんなことはわかっている。今まで隠してきたのだ、今更、こんなことで表に出すわけにはいかない。今なら笑ってごまかせるだろうからと、からかうふりをしたかっただけなのに。

「……どうじゃった?」

唇を濡らした唾液を拭って舐める姿にうろたえる。これは、夢じゃなく、妄想じゃなく、今、目の前で。

「……おいしい」

ずっと、丸井が好きだった。

まるで試合中のように光らせた目が仁王を見る。唇を舐める仕草に目を閉じる。一体何が起こっているのだろう。丸井は恐らく今のがキスだと思っていない。きっとただの間食だ。そうでなければ甘んじて受け入れるはずがない。いつだか、男同士なんて気持ち悪いと言っていたのを強烈に覚えている。あれは好きになる前にことだったけれど、今だって同じことだろう。お互いタイミングをはかっているような妙な空気が流れる。
――いっそ、自分の体がパンのようになってしまったなら、今丸井に残さず食べてもらうのに。自分の指先を噛んでみるが、甘いばかりでそれは指だ。なあ、先に口を開いたのは丸井だった。

「海老カツチャラにしてやるから、もっかいさせろよ」

うろたえている、と思った。うろたえているのは自分だ。一度触れた丸井の唇がもうほしい。もうどうして体が甘いのかなんてどうでもよかった。手に入らないはずの丸井がキスを迫って、噛みつくように唇が合わさる。

これは、夢か?――もうなんでもいい。強く抱きしめて肌が粟立つ。こうなればとことん利用するまでだと開き直った。この体が明日には元通りになっているかもしれない。ならばそれまで、ささやかな欲望を叶えたって構わないだろう。食虫植物になった気分だった。

 

 

*

 

 

「ッ……」

貪欲な唇を思い出して熱が高まる。立ち上がった自身に手を添えて、その手を揺らすたびにくちゃりと先走りが音を立てた。強くとじたまぶたの裏に映るのは、唇を唾液で濡らして笑った丸井の姿だ。想像にリアルな感覚がよみがえり、正直な体に従って手を動かす。もっと、と強請るような丸井の声が聞こえた気がして、その瞬間に手の中で達していた。
――嫌な予感がする。鼻腔に感じる甘い匂いが強くなっただけではなく、自分の知っている行為に特有の匂いがしない。荒い息を整えながら汚れた手のひらを見る。もしかして、とほとんど確実である事項を確認するのをためらった。何であれこれは自分が吐き出した欲望の果てだ。意を決して指先に絡む精液を口に運ぶと、それは確かに甘かった。

一体何が起きているのか、今まで生きてきてこんな話は漫画でだって読んだことはない。手のひらを拭いながら思うのは、頭から消えない食虫植物のイメージ。おいしい匂いで引き寄せて、逃がさずからめ取って食べてしまう。かわいらしくて愚かな獲物を思った。キスまではできてもこの先はどうなのだろう。しかしそこまで誘い込めるほどの度胸はない。甘い匂いの中で処理を済ませて布団に潜り込むがなかなか寝つけなかった。甘い匂いとよこしまな気持ちが思考の邪魔をする。結局ほとんど眠れないまま朝になった。

寝不足だろうが差は来るし学校もある。朝連がないのが救いだろうか。睡眠を求める目をこすりながら起きていくと、先に起きていた姉が香水やめたの、と聞いてきた。気づけば甘い匂いはなく、もしやと手のひらを鼻に近づけるがあの匂いはしない。やっぱりあれは夢の出来事だったのだ、安心だか落胆だかわらない気持ちになりながら一応指先を舐めてみれば、そこはまだ甘かった。なくなったのは匂いだけのようで、部屋で着替えていると今日も蟻がたかっているのに気づく。

もう状況の理解はあきらめて、いつものように学校へ向かう。とりあえずもう一度柳と幸村辺りに相談だろうか。――否、匂いさえしなければ、舐めるでもしない限りわからないのだから。意識するより早く本能が計算する。丸井を手に入れることはできなくても、引き止めておくことはできるのではないのだろうか。誰にも知られずに。ぞくりと背筋に走るものがある。なぜか事態が好転しそうだ。これはよくない。きっと、後で痛い目を見ることになる。それでも、――前方に見えた赤い頭。ジャッカルと切原の間で偉そうに大きな声でしゃべっている丸井が隣を見たとき視界に入ったのか、仁王に気づいて振り返る。勘違いしてしまいそうな満面の笑みを向けられて逃げ出したくなった。これはおかしい。異常だ、ありえないことだ。さっき思いついてしまったことは取り消せない。

「仁王!」
「残念じゃけど、俺を食べようったってできんぜよ」
「昨日の治ったのか?」
「お前らめでたいのー。体が甘くなってたまるか」
「あっ!騙したんすね!?」
「騙されるか普通」
「げー!うっそありえねー、マジかよ!」

足を踏み鳴らして怒る丸井に匂いもせんじゃろ?と笑いかけてやる。鼻をひくひくさせて丸井は膨れっ面を作った。まだいろいろと言いたげではあるが、流石にキスをした云々と言い出せないのだろう。

「ったく、お前のペテンはいちいち体張るから騙されるぜ」
「もしかして柳先輩たちもグルっすか?」
「いんや、あー、柳誘った方がもっと面白くなったかもしれんのう」
「十分だぜ」

溜息をつくジャッカルの隣で丸井は黙り込んでいる。手が甘い程度ならともかくキスをしたのだ。あんなに貪るような。口の中に何もないことはわかるから、納得がいかないのだろう。教室前で別れて、ジャッカルが背筋を見せるなり丸井が袖を掴んで睨んでくる。結局怒りへ向いたらしい。怒鳴ろうとした口を手のひらで押さえて、舌を出して見せると丸井が眉を寄せる。口をふさいだ掌に、遠慮がちに舌先が触れた。目が丸くなって、ゆっくり手が下ろされる。向こうからくるクラスメイトに気づいて、丸井を引っ張ってトイレへ入った。個室に押し込んでも丸井は文句を言わない。

「……どうなってんだよ」
「どうもこうも、昨日のまんまじゃ。匂いはせんくなったけん、騒ぎにするとややこいじゃろ」
「嘘くせえな。手のひらだけ何か塗ってんじゃねえの?」
「確かめる?」
「……確かめてやるよ」

にやり、と、悪い顔をするなあと思う。同時に確かな手ごたえを感じた。このまま丸井を引き留めることができる。手のひらで遊ばせ甘いお菓子で呼び戻す。頬に手を添えてやるとそれを振り払い、フン、と鼻で笑って仁王の髪を引っ張った。そんな催促を微笑ましく思いながら軽く頭を下げて唇を合わせる。熱い舌が唇を舐めて、口を開けてそれに噛みついてやると足を踏まれた。思わず離れかけた頭はつかまれたままの髪に阻まれ、侵入してきた舌にすぐ落とされる。丸井が笑った気がした。甘いのだろう。
引きかけた丸井の腰を掴み、ゆっくり壁に追いつめる。抵抗がないのをいいことにそのまま逃がさずに唇をむさぼった。食べているのがどっちだかわからない。くちゅりと舌を絡ませているうちに、丸井の手が腰に添えられた仁王の手に重なったがそれは制止するでもなく、かと言ってそれ以上力が入るわけでもない。ただそれが妙に心地よく、舌を吸うと丸井の体が震えた。ゆっくり頭を離すと、頬を上気させた丸井がじっと仁王を見た。はあ、と吐いた息が甘そうな気がする。

「……仁王、お前さ、どこでこんなん覚えてくるわけ?」
「よかった?」
「なんつーか、まあ、甘いからかもしんねーけど」
「……お前ほんっと、食欲ばっかじゃのー」
「俺から食欲取ったら何残んだよ」
「自分で言うか」
「つーかさ、ホームルーム始まってんじゃね?」

出て行こうとする丸井を引き止めて顔を覗き込む。何だよ、とうろたえた様子を見せて、丸井の動揺に嬉しくなった自分がいた。

「ブンちゃん今彼氏おらんよな」
「彼氏いてたまるか。彼女もいねーよ」
「うん、俺も」
「……それが?」
「キスは男同志でもできると思わん?」
「……んで?」
「俺の体もいつまで甘いかわからんし」
「あー、病院行った方がいいんじゃね?付き添ってやろうか?皮膚科?」
「治ったら惜しいんちゃう?」
「……まあ、な」

仁王の顔を見て丸井は考え込む。仁王が言わんとしていることは何となくわかるのだろうが、それを表現する方法が思い浮かばないようだ。でもこれは丸井から言わせたい。乗ったのは自分だと確かに覚えさせるために。とは言え、明日には戻っているかもしれない体だが、ささやかな幸福を得てもいいだろう。丸井が口を開く。

「セフレ、みたいな?」
「ブッ」
「ほ、他に何つーんだよ!」
「いや、ある意味合っちゅうよ」

思いがけない破壊力だ。そこまで進めば仁王の期待以上だが、丸井にそんなつもりはないだろう。

「まあ確かに、ちょっと甘いものがほしいときにお前便利だよな」
「そんなんでいいよ、俺もキスしたかったら誘う」
「えー何?お前キス魔なの?」
「気持ちいーじゃろ?」
「……まあな」

こいつの食欲は性欲と同じなのかもしれない。照れもせず笑う丸井を見て思う。精液まで甘かったと言ったらどんな顔をするだろうか。行こうぜ、丸井がカギを開けて個室を出る背中に、どこまで期待していいのだろう。

 

 

*

 

 

移動教室で化学室に向かう途中、便所行ってこーぜ、と丸井がさりげなく呼んでくる。隠れて行う行為のスリルもまた丸井をあおってか、日に日にお誘いの回数は増えていた。こっちは自分の思いを隠すのに精一杯で、本当はキスの後抱きしめてしまいたいのを押し殺しているというのに。トイレに誰もいないのを確認して二人個室に入り、教科書類を持ったまま唇だけ合わせた。ぴたりと唇を閉じたままでいてやると噛みつかれる。

「いっつ……」
「時間ねーんだから口開けろ!」
「……ったく、勝手やのー」
「ん」

ネクタイを引っ張ってキスを強請る仕草にくらくらする。キスも気持ちいい。あの瞬間は丸井を自分のものにできる。相変わらず体は甘いままで、匂いはときどきするようだ。そんな時は部活やクラスでは適当に姉の香水だとごまかしていれば、誰も仁王の体が甘いなどと気付かなかった。変わったことと言えば丸井との関係がほんの少し、それともうひとつ。
絡めた舌に歯を立てて動きの邪魔をしてやる。何か唸って鼻から抜けた声が色っぽくてぞくりとした。そのまま離れてみると丸井が唇を舐めて仁王を睨む。

「なんかだんだん甘くなる気がする」
「ふーん……ブンちゃん、食うもん持っとらん?」
「飴なら」
「ちょうだい」

言った途端に腹が鳴った。元々食にあまり関心がなく、食事が煩わしいと思うことさえある仁王だが、こんな妙な体質になってから以上に腹が減る。燃費が悪いようだ。いいのか悪いのかわからないが、必要以上に食事をするようになってから丸井と過ごす時間は増えた。昼食時や放課後に、仁王がついてくると知っててい丸井が食事に誘うことが多い。昼食に弁当と更に購買で買ったパン、という昼食は周りからうるさいらしく、いつも丸井は屋上で食べていたらしい。いつも4時間目が終わるなり飛び出して購買に向かっていたから知らなかった。

丸井にもらった甘い飴を口の中で転がして、見つかんなよ、と忠告する丸井にうなづく。飴とキスと教師にばれてまずいのはどっちだろうか、などと考える。頭おかしい、自分にあきれて、先に個室を出た丸井を見送った。自分の甘さはよくわからない。反応から見てどうも自分が感じている甘さが違うらしい。もしかしたら好みの問題なのかもしれないが、丸井の表現では生クリーム、らしいから、全く違うのだと思っている。自分の指先を舐めてみてもせいぜいちょっとの砂糖を舐めた程度で、口の中にしてもずっと飴を舐めているような感じがあるだけだ。
――精液はもう少し甘かった。あれから舐めたりはしていないが、記憶にはある。積極的な丸井のキスは仁王をおいつめていく。向こうにその気はなく、それどころか間食のようなつもりのキスであるから、攻めたつもりでも丸井の性感への刺激はあまり与えられないようだ。わがままを言えば罰が当たる気がする。それでも、もしこのまま続くのならば。例えば丸井が仁王なしでは生きられないと言い出せばいいのに、などと夢想する。いつでもどこでも喜んでキスをしてやるのに。

自分に同情している間にチャイムが鳴ってしまった。それでも今まで丸井を求めていた体は反応していて、自信が緩く立ち上がっている。どうしたものかと考えて、結局ベルトに手をかけた。不健全極まりない。これがせめて自慰でなければいいのに。
遅れて教室に入った仁王をめざとく見つけた教師につるし上げられ、笑うクラスメイトの中に丸井を見つける。目が合って、ばーか、と口が動いた。あの体がほしい。どんどん欲張りになる。貪欲で狡猾な、自分は何者なのかわからない存在だ。これからどうなるのだろう。時が止まってしまえばいいのに、そんなことを考える自分にうんざりした。

 

 

 

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