※ブン×仁王♀でうっすら赤×幸村♀/柳生も女で真田はおっさん
蓼食う虫も好きずき 1
「……お前、かわいそうになるほど貧相だな」
「……デブ」
「んだとコラァ!」
「今のはブン太が悪いよ……」教室に入ってくるなりまっすぐ幸村の元へ向かってきたかと思えばその弁当から卵焼きをつまみあげ、こちらに気づいた瞬間に失礼なことを口にした男を仁王は知っている。隣のクラスの丸井ブン太、幸村の幼なじみだ。卵焼きを咀嚼しながら仁王は無視し、金貸して、と幸村にたかっている。
──貧相、だと?確かに細すぎるという自覚はある。これでも太ろうという意識はあるが、生活態度がついていかないだけだ。中学のとき部活で鍛えた筋肉が落ちてしまってから体型は変わっていない。「また財布忘れたの?」
「や、100円しか入ってなかった。帰りにカラオケ行く約束してたんだよ」
「もー、しょうがないな。……何作ってくれる?」
「バレンタイン前だから期待しろ」
「ふふ、じゃあ……俺もあんまり持ち合わせないから、2000円だけ」
「十分。サンキュー!もういっこもらっていい?」
「からあげあげる」
「どーも。愛してるぜぃ」
「はいはい」幸村は苦笑して丸井を見送る。紙パックのジュースを吸い上げて、不満を顔で表している仁王を見て楽しそうにしていた。
「なんなんあのデブ!」
「ちょっとバカなんだよね。でもかわいくない?」
「はぁっ!?どの辺が!」
「小鳥みたい」
「……お前さん、趣味悪いわ」巣にみっちりつまった複数のひな鳥が餌を求めて口を開いている図を想像し、ストローをくわえてコンビニの袋にゴミをまとめた。
……貧相。貧相だと、あの口は言ったのだ。仁王がじわじわと怒りを育てているのを察してか、幸村は食事を続けながらもときどき笑い声を漏らす。柔らかそうな頬、丸みを帯びた指先。女の仁王も見とれてしまうような幸村から自分へ視線を移し、ことあるごとに弟に鶏ガラと冷やかされる自分の体にうんざりする。こんな体が好きな男がいるのも事実だ、と自分を慰め、空の紙パックも袋に入れて袋を縛った。「ブン太の好みは深キョンだからなあ」
「……聞いとらん」
「いい男だと思うんだけどな、どうも口が悪いからねえ」
「好きなん?」
「……仁王の悪いところは男女関係の全部が恋愛がらみだと思ってるところだよ」弁当箱を閉じて手を合わせ、幸村は溜息をついて水筒のお茶を飲んだ。ひとつひとつの動作が洗練されていて育ちがいいことはひと目でわかる。
幸村とは腐れ縁だ。中学のとき転校してきた幸村とは学校よりもテニススクールで一緒にいることのほうが多かった。同じ高校へあがってからは毎日の昼食を共にするほど親しくしているが、周りから見ればおかしな組み合わせであるようだ。確かに、大胆に髪の色を抜いて生活指導の常連の仁王と、どこの令嬢かと噂になるような幸村とではでこぼこコンビなのかもしれない。違うのは見た目だけではなく中身もだ。特に恋愛に関しての価値観は。「男なんて所詮本能だけの生き物じゃろ。あんな風にへらへらしとって、結局狙いはここに詰まってるもんなんじゃなか?」
制服の上から幸村の胸をつつく。指先が食いこむ弾力は正直羨ましい。細い体と相まって、仁王の胸も中学時代からほとんど成長が見られない。
幸村に笑顔を向けられるがこれは多分怒っている。「これはね、仁王。もう売約済みなの」
「ああ、そうやった。……まだ予約なん?」
「俺に勝てたら売ってあげる約束したから」
「げー、えげつなー。赤也は一生童貞じゃな」子犬のような後輩を思い出す。予約をするまでに仲が発展していたとは初耳だ。しかしあのかわいい駄犬はいつまで「待て」ができるだろう。
「仁王は。誰かひとりにはしないの?」
「だってどいつも似たり寄ったり。しょーもない男ばっか」
「刺されないでよ」
「んなヘマせんわ」今日のデートは8時にサラリーマンと、仁王の言葉に幸村はあきれたようだった。食べる?と差し出された飴を受け取る。
「仁王はもう恋はしないのか」
「……もうってなんじゃ。マジになったことなんかないぜよ」
「俺に隠したって意味ないのに」
「ふん」あんなもの、恋ではなかった。
*
「えー加減にせえ!本気になるならつき合わんってゆうた!」
「ああ、約束はした。俺だって始めは遊びのつもりだったよ。でもお願いだ、俺だけのものに……」
「うざい。帰る」
「雅治」
「触るな」目を細めてにらみつけると相手は一瞬怯み、その間に鞄を掴んで店を出る。デザートがまだだったがこれ以上ここにいられない。この口に迎え入れることのできなかったガトーショコラを思いながら早足で駅に向かう。追いかけてきた男に手を取られ、振り返り様にそれを払った。
「雅治!」
「本気になったならここで終わりじゃ。いい年してガキにのぼせ上がるような男とはつき合いきれん」
「何でそんなことを言うんだ。僕を好きだと言ってくれただろ?」
「遊び相手としてな」
「木下さんこんばんは」突然割り込んできた第三者の声に、男は弾かれたように振り返った。どうも、とへらへら笑ってそこに立っているのは、昼間「敵」と認識したばかりの丸井だ。まだ制服姿なのは遊び帰りだからだろうか。
──最悪だ。遊び相手はトチ狂い、こんなみっともない場面を丸井に見られ。溜息をつく仁王だったが、ふと男が大人しくなったのに気づく。「ブ……ブン太くん……」
「珍しいっすね、木下さんがこんなところで」
「あ、ああ。ちょっとプライベートでね」
「へえ。あ、またうち寄って下さいね、今度こそご馳走しますんで」
「そうだね、機会があれば」
「そんじゃ、お邪魔しました〜……って行くかぁッ」次の瞬間に丸井が男を殴りとばした。ぎょっとした仁王を捕まえて丸井は走り出す。待ったの声もかけられない早さで丸井は駅に向かい、人混みにまみれた改札まできてやっと仁王の手を離した。問いつめようとする前に丸井がげらげら笑い出す。
「ほんっとあのおっさん懲りねえ〜」
「はぁ?」
「いや〜高校生にしただけましか?あの変態、前うちの妹にちょっかい出してたんだよね。殴ってやりたかったんだ〜すっきりした!」
「……変態……」ときどき態度がおかしいとは思っていた。妙に子ども扱いをしたがり、やたらと甘やかす。大抵の男も仁王を甘やかしたがるがそれは主に金銭的なもので、直感的に甘えた態度を見せたくない男であったので媚びたふりはしなかったが正しかったようだ。今更ながら鳥肌が立つ。
あんな男と貴重な時間を過ごしていたのか。気分は最悪だ。……何より、丸井に助けられたというのも気に食わない。「……余計なことすんな」
「俺はね、別にお前じゃなくても女だったら助けるの」
「余計なことを」
「……そんじゃひとりで帰れよ。まだあいつうろついてると思うけど」
「……あ」
「あ?」
「家ばれとる……」
「……お前はアホか。遊ぶならもっと徹底的にしやがれ!」
「知らん間に調べられとったんじゃ!」
「テメー脳味噌までやせてんのかよ!バーカ!ちょっと待ってろ」
「なっ……」しい、と指先で唇を押され、顔をしかめる。丸井は携帯電話を取り出してどこかに電話をかけていた。……丸井は多分、気づいている。仁王の手が震えていること。今まで何度かひやりとしたことはあっても、嘘を重ねて交わしてきた。しかし今日のようなタイプはだめなのだ。どんな嘘を使っても攻撃も防御もできない。人の良さそうな男だと、裏まで読めなかった自分の負けだ。あの場で逃げ切れなかったらどうなっていたのだろう。
「おう、悪いな。んじゃ今から行くわ」
「ど、どこに」思考に夢中で聞いていなかった。電話の相手は誰なのだろう。丸井は黙って携帯電話を差し出してきて、それを受けると幸村の声がする。
「……幸村」
『ブン太と一緒においでよ。ひとりは危ないからね』
「……もう最悪じゃ……」
『愚痴はゆっくり聞くよ』手をつないでやろうか、とにやにやしている丸井に携帯電話を返した。もう疲れて怒る気力もない。つまらなさそうに携帯をしまい、ふたりで改札を通る。
こうなってくるとときどき会う他の遊び相手も大丈夫かと不安になってくる。自らが蒔いた種とはいえ、どうしようか迷った。電車に揺られる間お互い無言で、いっそからかってくれれば楽なのに、とさえ思う。「お前さあ、アレルギーある?」
「へっ?」
「アレルギー。卵とか、そばとか」
「……ないと思う、けど」
「ならいい」
「何?」
「甘い物は?平気?」
「うん……」満足げにうなづいた丸井はひとりで簡潔してしまった。一体何の意味があったのかわからない質問に困惑しながらも、駅に着いたので丸井に続いて電車を降りる。
幸村の家に行くのは初めてではないが久しぶりだった。きれいな家ではあるが振興住宅地にある一戸で、周りの家と形は同じだ。勝手に裕福な家であると想像していたので、初めて来たときは拍子抜けしたことを思い出す。「いらっしゃい」
「よう。晩飯食った?」
「まだに決まってるでしょ」
「たまには自分でしてみろってんだ」仁王を玄関に残したまま丸井はさっさと奥へ行ってしまい、ここへ来るのは初めてではないのだとわかる。迎え てくれた幸村は笑顔で仁王を抱きしめた。
「いつか罰が当たるって言ったでしょ?」
「……はは、最悪じゃ」
「入りなよ。仁王はご飯は?」
「食べた。……なあ、あいつ何しに行ったん」
「キッチン。俺の晩ご飯を作りにきたんだよ」
「は……?」
「今日は両親が急に出かけちゃって。たまにあるんだ。そんなとき作りにきてくれるんだよ」
「……そうなん?」
「俺の料理の腕、知ってるだろ?」知っている。たかが調理実習を化学実験にしてしまえる腕前だ。繊細そうに見せてかなりの不器用、というよりは大ざっぱすぎるのだろう。 手を引かれてあたたかい部屋に入る。ようやく一息つけた気分で、ソファーに体を落として溜息をついた。
「幸村」
「はいはい」カウンターキッチンから丸井が呼び、カウンターにマグカップをふたつ並べる。笑い合うふたりはずいぶんと絵になるが、幸村のかわいいわんこを思い出した。こんな光景を見せたら嫉妬に狂って暴れるかもしれない。
マグカップを手に幸村は隣に座り、ひとつを仁王に差し出した。蜂蜜だよ、と言われてのぞき込むと、琥珀色がきれいに溶けている。「……おいしい」
「蜂蜜だけの手抜きだよ」
「作ったやつが言え!」幸村の前にオムライスの皿を置いて、幸村からの礼を聞いて丸井は満足げにまたキッチンへ入っていく。レストランかと見紛うほどきれいに巻かれた卵に思わず見入ると、ひと口目を差し出されて思わず口を開けた。ケチャップが香る。
「おいしい?」
「うん」
「おいしいってー、よかったねブン太せんせー」
「たりめーだ」オムライスをもう一皿とサラダを持ってきて丸井は幸村の正面に座った。ふと目が合って、どうしたらいいかわからなくなる。助けてもらったのだから礼を言わなければならないのはわかるが、今謝るのは態度をひるがえすようで嫌だった。丸井の目は仁王が両手で包んだマグカップを見て、それからオムライスを食べ始めた。幸村のものより一回りは大きい。
「ブン太、ドレッシング」
「……それぐらい自分で取りに行けよなー。仁王は?」
「は?」
「サラダぐらい食べる?」
「……や、いい」
「あ、ちょっとブン太ぁ、オムライスなのにサラダにゆで卵ってどういうこと?」
「俺が聞きてえな。なんだよあのゆで卵」
「何それ」
「冷蔵庫にゆで卵が8個。後で気づいたんだけど」
「えー、お母さん何作る気だったんだろ……」
「朝用にサンドイッチ作っといてやる。あと仁王のもな」
「え」
「今日は家帰らないでここにいろ。俺帰ったら親父に言って……ああ、さっきのやつ親父の部下でさ」
「部下!?」
「ほんとはクビにしてやりてえんだけど、そしたら時間を与えることになるだろ?だからできるだけ会社に拘束してんだ。仕事はできるやつなんだよ、性癖おかしいだけで」
「な……じゃあ知ってて野放しなんか?」
「……言っとくけどな、警察に訴えるほどの事実もクビにする理由もねえんだからしょうがねえだろ。大体遊び慣れてる女はああいうおかしいのは避けるんだよ。調子乗ったお前が悪いんだぜぃ」
「ッ……」トン、とわざと音を立ててテーブルにドレッシングを起き、丸井は仁王を見る。言葉につまって思わずうつむいてしまった。屈辱だ。
「……あー、だから……幸村、こいつに俺の番号教えといて。俺に見つかったからしばらく大丈夫だと思うけど、なんかあったら呼べよ」
「……それで俺に何させようって?」
「人の好意ぐらい素直に受け取っとけ」
「初対面であんな失礼なこと言うやつ信用しろって?」
「正直でごめんネー」
「……幸村ッこいつ腹立つ!」
「え〜、俺にふらないでよ。デザートないの?」
「プリン作ろうと思ったけど卵ゆでられてたから無理。明日何か持ってきてやる」
「楽しみにしてる」
「ごっそうさん!皿よろしく。帰るわ」
「はいはい」丸井を見送りに幸村が立ち、仁王はうつむいたままマグカップを持つ手に力をこめた。どんなに意地を張っても非があるのは自分だとわかっている。それを認められずに礼さえも口にできなかった。こんなひねくれた性格だから、──恋はうまくいかないのだ。
「さーうるさいのは帰ったし。お風呂入っちゃう?」
「……あーあ」
「ん?」
「結局俺にはテニスしかないってことかの」
「……そうなんじゃない?」にやり、と作った幸村の笑みは凶悪だ。口では言わないが幸村は仁王が痛い目に遭うのを待っていたのだろう。つくづく性格の悪い友人を持ったものだ。
のどに流し込んだ蜂蜜は甘いだけ。それでも仁王の気持ちを落ち着かせるには十分で、ゆっくり息を吐く。「……テニス、するかぁ」
090207